■ 2003年1月~2月のデヴィッドの日記
スター・サーチに出演する直前から出演中のデヴィッドの「日記」です。
1月も2月も、それぞれ1月分をまとめて書いている形になっています。だから長い!
2003年1月1日~31日 ※前回の誕生日の日記の続きです。
それから2週間ほどは、スター・サーチと新番組のアメリカン・アイドルをTVでみて、本当に興奮して過ごした。それに僕のデモCDをいろんな人に送ったり、万一スター・サーチから連絡があったときのために、新しい曲をいくつか練習したりもした。
スター・サーチの一回目の放送を見て、それから2回目の放送でティファニー・エヴァンズを見た。彼女は本当にすごい歌手だ。スター・サーチを見るのはとっても楽しかった。11月のオーディションで会ったCJジョンソンやリサ・タッカーが出演していたし。リサ・タッカーは確か去年の「Next Big Star」にも出てたのを覚えてるよ。
僕らは、新番組のアメリカン・アイドルにもすごく興奮した。アメリカン・アイドルとスター・サーチの他にも毎週いろんな番組を見た。でも1月の終わり頃に病気になっちゃって、数週間も歌が歌えなかったんだ。
2003年2月1日~28日
ちょうどそんな時にスター・サーチから電話があって、テープを送るように言われたんだ。ところが僕にとって歌うのがとってもしんどい時期だった。だけどテープを送るまでにたった1日しかなかったから、上手く歌えるように一生懸命頑張らなきゃならなかった。”Who’s Loving You” と “God Bless America”の2曲をビデオ撮りしたんだけど、番組側は “God Bless America”が気に入らなかったらしいんだ。それで別の「男の子の曲」のテープを送るようにって言ってきた。だから、 “Who’s Loving You” とマイケル・ジャクソンの “Ben”とビリー・ギルマンの “One Voice” を入れたテープを送った。 彼らがそれを見て、カリフォルニアに来て番組に出演してくれって電話がかかってきた。これには「すっごく」興奮した。
僕とお姉ちゃんとパパでハリウッドに行った。最初に番組を撮るスタジオに行った時に、毎日学校に行かなきゃだめだって言われた。これには始めはがっかりした。でも、アンジー先生に会ったらとってもいい人だった。彼女は僕と他の子供達にも教えるんだって。学校が終わってから番組の最初に流すインタビューを撮った。そこでカルフォルニアから来た女の子、アンナ・マリアに会った。彼女も番組で歌うんだって。彼女の家族はみんないい人で、彼女も素晴らしい歌手だ。
インタビューを撮ってから、お昼ご飯を食べた。それから音楽ディレクターと一緒に曲の練習をした。この人もとってもいい人だった。午後遅くなってからそこを出て、ホテルに戻ってからまた練習をした。夕食はホテルで食べた。そこでホテルで働いている人達に何人か会ったんだけど、中でもユダって男の人が僕とお姉ちゃん、それに家族みんなにとっても良くしてくれたんだ。それからはいつもそこで食べた。TVもあるし、いつも良くしてくれるから。
本番までは、だいたいこんな日が続いた。本番の日も同じことをしたけど、この日はドレス・リハーサルがあった。これは、観客がいないだけで、本番とほとんど同じなんだ。それから番組が始まるまでトレーラの中で待った。出演者はみんなここで待つんだ。いざ本番になると、僕がトップバッターで”Who’s Lovin’ You”を歌った。まだ風邪が少し残っていて、いつもほど上手くは歌えなかったけど、でも審査員と観客の前で歌うことができて、それに番組に参加できてとっても幸せだった。でもアンナ・マリアが負けて悲しんでいるのはかわいそうだった。だれも負けなきゃいいのにって思った。この日は弟のダニエルの9歳の誕生日だったから番組の途中で電話したんだけど、ダニエルは電話に出なかった。誕生日にここに来れなくてダニエルには悪かったけど、ダニエルは、僕達がこっちに来ている間の番組を録画しておいてくれるって約束してくれたんだ。
番組が終わってから、電話インタビューを受けた。そこで、明日の朝のEarly Show に出演して欲しいって言われた。それからホテルに戻って夕飯を食べた。この日はチキン・ファインガーだった。それから番組を見た。自分が写っているのを見るのはちょっと落ち着かなかったけど、みんながTVを見てとっても喜んでるのを見るのは楽しかった。
それから、明日のEarly Showに出るためには朝4時に起きなきゃならないってことがわかったんだ。4:15には迎えの車が来てEarly Showのスタジオに行った。そこでメーキャップしてインタビューを受けた。ダンスの優勝者のジョン・クルーズと一緒にインタビューを受けたんだけど、二人とも質問に数分間答えなきゃならなかった。
それからホテルに戻って数時間ほど寝た。それから学校に行って、昼ごはんを食べた。早めに学校が終わって、ホテルに戻って友達のダイアン・ゴードンを待った。彼女には、僕達がアメリカン・アイドルのファイナルを見るために初めてハリウッドに来た時に会ったんだけど、とっても素晴らしい歌手なんだ。今はもう家族同様で、おばさんのラウリと僕たちのとってもいい友達なんだ。この夜は初めて”Fallin’”を練習した。昼間は全然時間が取れなかったし、僕が最初に歌うはずだった”A Piece of Sky”は歌いたくなかたし。司会のアルセニオが僕をユタの「ソウルマン」って言い続けるものだから、僕らとしてはバーバラ・ストライザンドやセリーヌ・デュオンの曲を歌うよりは、そっちの路線を歌い続けた方がいいだろうと思ったんだ。”Who’s Lovin’ You”を歌うことができたのは嬉しかったなあ。これは僕の大好きな曲の1つだから。
翌日は準決勝だったけど、実は本当に心配だったんだ。相手の2人の女の子のジョリーとビクトリアはとっても上手だから。僕は多分負けるだろうし、ビクトリアが勝つんじゃないかなと思っていた。リハーサルでの彼女は完璧だったし、ジョリーは前日調子が悪そうだったから。ジョリーは素晴らしい歌手なんだから、かわいそうだって思った。本番ではよくなってるといいけどって。
準決勝で、インターネット投票に入る時点で僕らがみんな同点だったときは、とっても緊張した。彼らが戻ってきて、ビクトリアと僕がまだ同点だって知ったときは、何が起きているのか分からなかった。それから、彼らは僕が勝ったって言ったんだ。でも、僕はまだ何がおきたか理解してなかった。後から番組を見て、ビクトリアが僕と握手しようとしていたのに気付かなかったのを知って、悪かったなあと思った。あと、アルセニオが僕を引っ張るまで後ろを向いたままだったっていうのも分かった。僕が勝ったなんて信じられなかったんだ。 それからホテルに戻って、もう一日ここにいてからユタのうちに帰ることにした。
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デヴィッドがまとめて一回で書いたんじゃなくて、最後に誰かがまとめたんでしょうけど、それにしてもまあ、よく書くわね~。
ここでも、いつも自分よりも人のをことを気にかけてるのね~。
ちなみに、↑Early Showでのインタビューに同席してるジョン・クルーズのママの誕生日に、デヴィッドが歌ったHappy Birthdayはこちら。
う~ん、Happy Birthdayさえもしっかりアレンジしてソウルフルに歌っていますね。周囲の大人が大喜びしているのは、まあ、当然ですわね。
※うしろのじいちゃんが、何度も戸を開け閉めしているのが、結構笑える。
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