★People en Español (People Magazine スペイン語版) の記事 (2008年7月)
少し前になりますが、People誌のスペイン語版で、Devid Archuletaが紹介されました。
この写真も、記事の内容もなかなか好ましいので、紹介します!

頂点に立ったデヴィッド・アーチュレッタ
TV番組「アメリカン・アイドル」での拍手喝采に後押しされて、ホンジュラスの血を引くヤングスターは、彼の歌を聴く者すべてを引き付けながら夢を追いかける
イシス・サウセーダ
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誇り
「みんなが、自分のしたことに喜んでくれたら嬉しい」とデヴィッド・アーチュレッタは言う (2008年6月、ロス・アンジェルスにて)
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アーチュレッタの家族は、数ヶ月の間、これまでのようにユタ州マレーの自宅で一緒に夕食を囲むことができないままでいた。実際、それは容易なことではなかった。家族のうちの2人、父親のジェフと長男(5人の子供のうち2番目)のデヴィッドは自宅から600マイル離れたロス・アンジェルスにいて、一緒に過ごすことは不可能だった。でも、それだけの犠牲を払う価値はあった。2008年の初頭から、デヴィッド・アーチュレッタは、国民に最も人気のある番組のひとつであるアメリカン・アイドルで、毎週、毎週歌を披露するという、彼がずっと暖めていた夢を実現したのだ。「僕はいつもこうなることを想像していたんだ」とデヴィッド・アーチュレッタ(17歳)は言う。それに、ホンジュラス人の母親ルーペ(42歳)が付け加えた。「私は親戚一同が集まる時にはいつも子供たちに歌わせていたんだけど、デヴィッドは明らかに一番目立っていたの。」
これは、TVの歌謡コンテストにおいて、まさにデヴィッドがしたことである。彼女の息子は、5月のファイナルにおいて今年のアメリカン・アイドルになることはできなかった。

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デヴィッド・クックに敗れて次点になったのだが、ラテン系としては最初の成功者となった。そして、この番組に参加したことで、約束されたキャリアへの扉を開いたのである。この夏、アーチュレッタは、アメリカン・アイドルのライブツアーに参加するだけではない。ソロ・アーチストとして、彼の最初のアルバムの製作を開始する予定である。
「アメリカン・アイドルは、彼にとって決して容易なものではなかったんだ。彼は簡単そうに見せていたけどね。」来年高校を卒業する予定のアーチュレッタについて、アメリカン・アイドルのピアニストで、音楽ディレクタのマイケル・オーランドは言う。「彼は天才として参加し、天才として去っていった。ほかの参加者達はみんな、彼のレベルに到達したいと切望していたんだ。」
あらゆる喝采や視聴者(彼のファンは自分達を「アーチーズ」と呼んでいる)からの数千万票に及ぶ投票にもかかわらず、アーチュレッタはそんな称賛に対して懐疑的である。
「僕は、自分の歌を聴きたい人なんて誰もいないって思っていた。」と、いまや彼を留めるものは何も無いパフォーマは言う。彼は、母親の影響でセリア・クルース、グロリア・エスタファン、セレナを聴いて育った。彼の母はマイアミに住み、タリアのファンで、「The Sisters Mayorga」で歌っていた。「僕はいつも恥ずかしかったんだ」。
しかしデヴィッドは、故郷のユタで、大勢の観衆の前で、両親が見守る中、歌を披露した。アーチュレッタは10歳にしてテレビデビューし、12歳でスター・サーチのヤング部門で優勝した。チャリティで歌うためにホンジュラスを訪れたことのあるこの少年は、セルバンテスの言語(スペイン語)をマスターすることによって自らのラテンのルーツにも敬意を払っている。彼は、母方の祖母と話す時にだけ、スペイン語を話す。「だって、おばあちゃんは僕の(スペイン語の)欠点を知ってるからね」と、マイクの前にいないときはいつもiPodで音楽を聴いているアーチュレッタは言う。(彼の好きな歌手、スティービー・ワンダー、セリーヌ・デュオン、マイケル・ジャクソンなんかをね)。
彼の、歌手としてのキャリアは、彼がまさにスタートを切ろうとしていた時に危機にさらされた。1年半ほど前、アーチュレッタは声帯麻痺のために治療を受けていた。「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には、彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」と、アメリカ人のジャズミュージシャンである彼の父(47歳)が言う。治療の後、この若者は再び歌いだす。最初は話すこともままならず、呼吸さえ困難だったのに、だ。この時点で、しかし誰も彼を止めることはできなかった。「僕は、ほかの人が歌うのを聴くと、つながっているって感じるんだ。僕が歌うことでそれと同じことができたら、僕は本当に嬉しいんだ」とアーチュレッタは言う。「多くのアルバムが製作できたらいいなと思う。スペイン語での曲作りも是非やってみたいし。たとえばルイス・ミゲルなんかいいよね!」
<デヴィッドの胸の上!>
「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」:ジェフ・アーチュレッタ
<ピンクのコラム>

「デヴィッドはいい子よ。いつも優しくて、思いやりがあって、礼儀正しくて素直なの」と母のルーペ・アーチュレッタは言う。「彼はいつもとっても素敵なのよ」
左上:1995年に、フロリダ州のキシミー川で両親と姉のクラウディアと一緒に休暇を過ごすデヴィッド・アーチュレッタ。
右上: アメリカン・アイドルでのパフォーマンス
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う~ん、この写真の選択といい、記事といい、やっぱりラテン系の感性の方が日本人に近いと思うのよね (← 何と比較してかはあえて言わない。おとなだからねっ!←これ気にいっちゃった♪)。