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	<title>Who's David Archuleta - Archives &#187; 記事</title>
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		<title>Who's David Archuleta - Archives &#187; 記事</title>
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		<title>Davidとボイス・コーチ</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Jan 2009 12:19:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rikuchan</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dean Kaelin -ボイスコーチ]]></category>
		<category><![CDATA[記事]]></category>

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		<description><![CDATA[デヴィッドが、偶然の重なりから伝説的なボイス・コーチであるセス・リッグス（Seth Riggs）と知り合い、彼の教え子であったソルトレークシティに本拠地を置くボイス・コーチのディーン・ケーリン（Dean Kaelin）を紹介されたのは、彼が11歳の時でした。
この時、セス・リッグスは、ディーン・ケーリンに対して「この子は11歳にして力強い声を持っている。でも、デヴィッドが際立っている最大の理由は、曲をスタイル化して解釈する天性の自然な感覚を持っていることだ。」と伝えたそうです。
ディーン・ケーリンは、デヴィッドが声帯麻痺のために歌手としてのキャリアからまさに脱線しかけた頃に、彼の声帯を強くする手助けをし、また声変わりの時期もふくめずっと彼をサポートしていることになります。
でもボイス・コーチって具体的に何をする人なんでしょうね？音楽をやっている人なら当然よくご存知なんでしょうが、ど素人の私にはいまひとつよくわかりません。ディーン・ケーリンさんは、しばしばメディアに登場し、デヴィッドの裏話を披露してくれていますが、では彼は何をしているんだろう？と思っていたら、ディザレット・ニュース・モーニング・ニュースに彼とデヴィッドの関係が少しわかる記事があったので、簡単に紹介します。
■Deseret Morning News （2008年4月9日）
売り出し中のヴォーカル・スターは、ユタのコーチが頼り
ボイス・コーチで、野球のポニーリーグ(*)のコーチをパート・タイムで務めるディーン・ケーリンは、電話を受けたとき、野球の練習の最中だった。マレー出身で人気の高い「アメリカン・アイドル」コンテスタント、デヴィッド・アーチュレッタからの電話だ。彼はリハーサル中で、ボイス・コーチの助けが必要だったのだ。
近くの駐車場に止めた車の中で、ラップトップPCのキーボードを叩きながら、ケーリンは電話で、アーチュレッタに声帯をウォームアップするための一連のボイス・エクササイズを行った。それから、ふたりで次週の番組で歌う曲を何にするか、そしてそれをどのキーで歌うかについて話始めた。　次の朝、アルタ・スキー・リゾートに向かって家族でドライブしている時も、ケーリンは後部座席に座って携帯式のキーボードを叩きながら、アーチュレッタと電話で話しながら別のウォーミングアッププログラムを指導していた。
これが、マウント・オリンパスのポニーリーグでドジャーズのコーチを務め、一方で「アメリカン・アイドル」で最も人気のあるスターのボイスコーチでもある最近のケーリンの仕事である。
アーチュレッタはケーリンを頼りにしていて、いつでも電話をかけてくる。ついこの前もケーリンがTVで「アメリカン・アイドル」を見ている時に、アーチュレッタから電話を受けた。彼は、3000万人の前で歌うためにステージに出る数分前に、バックステージのトイレから電話してきたのだった。 それから数分間、リップドリルやスケール、それに漫画の声としか言い現せないようなミミッキングなどの様々なボイス・エクササイズを行った。それから、ケーリンはTVの前に座りなおして、彼の生徒のパフォーマンスを見た。
「これって、ちょっと非現実的な感じがするよね」とケーリンは言う。
ケーリンは、アーチュレッタがいつでも彼をつかまえられるようにと、今年に入ってから諦めて最初の携帯電話を購入した。ケーリンは、彼等のボイス・ドリルを助けるために、どこに行くにも小型キーボードを持参している。
彼は時には路肩に車を止めて、時には、食料品店の中でアーチュレッタのウォームアップを行う。 アーチュレッタは、車から、バスから、ホテルから、店から、トイレから、そしてスタジオからケーリンに電話してくる。「時間あります？」とアーチュレッタは切り出す。「（曲の）この1つのパートに問題があって」と。アーチュレタがスタジオに向かって歩きながらケーリンに電話し、路行く人たちが突然電話で歌いだした少年を奇異な目で見つめることもあった。

「彼はいろんな理由で電話してくる。彼の声をリラックスしたいい状態に保つため、アイデアが欲しい時、曲のアレンジメントについて話し合うため、何かの音がどうかをきたくて、などなど、ね」とケーリンは言う。
ケーリンがこの路を辿るのは、アーチュレッタが初めてではない。これまでに彼の生徒のうち3人がアメリカン・アイドルのファイナリストになっている。ジョン・プラエトはTOP25でカットされ、カルメン・ラスミューセンとアーチュレッタはTOP10に残った。電話でのコーチングは、実際には カルメン・ラスミューセンの時から始まった。「彼女は自由な時間があると電話してきて、電話レッスンとウォームアップを行ったんだ。」
ケーリンの生徒のうち20名以上が「アメリカン・アイドル」のオーディションを受けていて、そのほとんどが少なくともラウンド1か2までは残っている。「別にアメリカン・アイドルに力を入れているわけじゃない。生徒達はパフォーマンスを披露する場を探しているだけだ。」と彼は言う。
予想通りに、彼の生徒が「アイドル」で結果を残すと、ケーリンへの電話の数が増加した。彼は小さな家（スタジオをと化している）で85名の生徒に個人レッスンを行っている。負荷を軽減するために、彼は4名の先生を雇用した。今ではオーストリア、イギリス、ニュージーランドなどの世界中の生徒に教えている。
「みんな口コミなんですよ」とケーリンは言う。「宣伝したことは一度もないんだから」
(*)ポニーリーグは中学生によって構成される硬式野球リーグ
*******************
ケーリンさん、あのね、デヴィッドの裏話をそこかしこで披露してまわることを、世間では「宣伝」って言うんですよ～。
そのケーリンさんが、自分のスタジオで録音したデヴィドが12歳の時のイマジンの歌声を、MTVの取材に応じて紹介している映像が、こちら↓
http://www.mtv.com/overdrive/?vid=213513
これ、はっきりいって全曲きかせてもらいたいです。ケーリンさん、よろしくっ！
その後13歳のデヴィッドが「Good Things Utah」に出演してイマジンの全曲をパフォーマンスした時の映像がこれ↓。ディーン・ケーリンさん、しっかり伴奏してますね～。

※ちなみに、この時のデヴィッドは、一番目の歌詞の&#8221;hell&#8221;を&#8221;evil&#8221;に、さらに、三番目の歌詞の&#8221;brotherhood&#8221;を&#8221;motherhood&#8221;に代えて歌っていますね～。何でだろう？
◆◇◆◇
       <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=davidarchuletajp.wordpress.com&blog=5423454&post=134&subd=davidarchuletajp&ref=&feed=1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class='snap_preview'><br /><p align="left">デヴィッドが、偶然の重なりから伝説的なボイス・コーチであるセス・リッグス（Seth Riggs）と知り合い、彼の教え子であったソルトレークシティに本拠地を置くボイス・コーチのディーン・ケーリン（Dean Kaelin）を紹介されたのは、彼が11歳の時でした。</p>
<p>この時、セス・リッグスは、ディーン・ケーリンに対して「<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">この子は<span lang="EN">11</span>歳にして力強い声を持っている。でも、デヴィッドが際立っている最大の理由は、曲をスタイル化して解釈する天性の自然な感覚を持っていることだ。」と伝えたそうです。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ディーン・ケーリンは、デヴィッドが声帯麻痺のために歌手としてのキャリアからまさに脱線しかけた頃に、彼の声帯を強くする手助けをし、また声変わりの時期もふくめずっと彼をサポートしていることになります。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">でもボイス・コーチって具体的に何をする人なんでしょうね？音楽をやっている人なら当然よくご存知なんでしょうが、ど素人の私にはいまひとつよくわかりません。ディーン・ケーリンさんは、しばしばメディアに登場し、デヴィッドの裏話を披露してくれていますが、では彼は何をしているんだろう？と思っていたら、</span>ディザレット・ニュース<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">・モーニング・ニュースに彼とデヴィッドの関係が少しわかる記事があったので、簡単に紹介します。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><strong>■Deseret Morning News （2008年4月9日）</strong></span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><strong>売り出し中のヴォーカル・スターは、ユタのコーチが頼り</strong></span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ボイス・コーチで、野球のポニーリーグ(*)のコーチをパート・タイムで務めるディーン・ケーリンは、電話を受けたとき、野球の練習の最中だった。マレー出身で人気の高い「アメリカン・アイドル」コンテスタント、デヴィッド・アーチュレッタからの電話だ。彼はリハーサル中で、ボイス・コーチの助けが必要だったのだ。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">近くの駐車場に止めた車の中で、ラップトップPCのキーボードを叩きながら、ケーリンは電話で、アーチュレッタに声帯をウォームアップするための一連のボイス・エクササイズを行った。それから、ふたりで次週の番組で歌う曲を何にするか、そしてそれをどのキーで歌うかについて話始めた。　次の朝、アルタ・スキー・リゾートに向かって家族でドライブしている時も、ケーリンは後部座席に座って携帯式のキーボードを叩きながら、アーチュレッタと電話で話しながら別のウォーミングアッププログラムを指導していた。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">これが、マウント・オリンパスのポニーリーグでドジャーズのコーチを務め、一方で「アメリカン・アイドル」で最も人気のあるスターのボイスコーチでもある最近の<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>の仕事である。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">アーチュレッタは<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>を頼りにしていて、いつでも電話をかけてくる。ついこの前もケーリンがTVで「アメリカン・アイドル」を見ている時に、アーチュレッタから電話を受けた。彼は、3000万人の前で歌うためにステージに出る数分前に、バックステージのトイレから電話してきたのだった。 </span><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">それから数分間、リップドリルやスケール、それに漫画の声としか言い現せないようなミミッキングなどの様々なボイス・エクササイズを行った。それから、<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>はTVの前に座りなおして、彼の生徒のパフォーマンスを見た。<br />
「これって、ちょっと非現実的な感じがするよね」と<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>は言う。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>は、アーチュレッタがいつでも彼をつかまえられるようにと、今年に入ってから諦めて最初の携帯電話を購入した。<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>は、彼等のボイス・ドリルを助けるために、どこに行くにも小型キーボードを持参している。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">彼は時には路肩に車を止めて、時には、食料品店の中でアーチュレッタのウォームアップを行う。 アーチュレッタは、車から、バスから、ホテルから、店から、トイレから、そしてスタジオから<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>に電話してくる。「時間あります？」とアーチュレッタは切り出す。「（曲の）この1つのパートに問題があって」と。アーチュレタがスタジオに向かって歩きながら<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>に電話し、路行く人たちが突然電話で歌いだした少年を奇異な目で見つめることもあった。<br />
</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「彼はいろんな理由で電話してくる。彼の声をリラックスしたいい状態に保つため、アイデアが欲しい時、曲のアレンジメントについて話し合うため、何かの音がどうかをきたくて、などなど、ね」と<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>は言う。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>がこの路を辿るのは、アーチュレッタが初めてではない。これまでに彼の生徒のうち3人がアメリカン・アイドルのファイナリストになっている。ジョン・プラエトはTOP25でカットされ、カルメン・ラスミューセンとアーチュレッタはTOP10に残った。電話でのコーチングは、実際には カルメン・ラスミューセンの時から始まった。「彼女は自由な時間があると電話してきて、電話レッスンとウォームアップを行ったんだ。」</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリンの生徒のうち20名以上が「アメリカン・アイドル」のオーディションを受けていて、そのほとんどが少なくともラウンド1か2までは残っている。「別にアメリカン・アイドルに力を入れているわけじゃない。生徒達はパフォーマンスを披露する場を探しているだけだ。」と彼は言う。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">予想通りに、彼の生徒が「アイドル」で結果を残すと、<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>への電話の数が増加した。彼は小さな家（スタジオをと化している）で85名の生徒に個人レッスンを行っている。負荷を軽減するために、彼は4名の先生を雇用した。今ではオーストリア、イギリス、ニュージーランドなどの世界中の生徒に教えている。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「みんな口コミなんですよ」と<span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリン</span>は言う。「宣伝したことは一度もないんだから」</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">(*)ポニーリーグは中学生によって構成される硬式野球リーグ</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">*******************</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ケーリンさん、あのね、デヴィッドの裏話をそこかしこで披露してまわることを、世間では「宣伝」って言うんですよ～。</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そのケーリンさんが、自分のスタジオで録音したデヴィドが12歳の時のイマジンの歌声を、MTVの取材に応じて紹介している映像が、こちら↓</span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><span style="font-size:10pt;font-family:Arial;" lang="EN"><a href="http://www.mtv.com/overdrive/?vid=213513"><span style="color:#800080;">http://www.mtv.com/overdrive/?vid=213513</span></a></span></span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><span style="font-size:10pt;font-family:Arial;" lang="EN">これ、はっきりいって全曲きかせてもらいたいです。ケーリンさん、よろしくっ！</span></span></p>
<p><span style="font-size:10pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その後13歳のデヴィッドが「Good Things Utah」に出演してイマジンの全曲をパフォーマンスした時の映像がこれ↓。ディーン・ケーリンさん、しっかり伴奏してますね～。</span></p>
<p><span style="text-align:center; display: block;"><a href="http://davidarchuletajp.wordpress.com/2009/01/01/david%e3%81%a8%e3%83%9c%e3%82%a4%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%81/"><img src="http://img.youtube.com/vi/K2oHcqi70cc/2.jpg" alt="" /></a></span></p>
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		<title>People en Español の記事</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Jan 2009 12:08:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rikuchan</dc:creator>
				<category><![CDATA[AI以後～AIツアー（2008/7-8）]]></category>
		<category><![CDATA[記事]]></category>

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		<description><![CDATA[★People en Español (People Magazine スペイン語版) の記事 (2008年7月）
少し前になりますが、Ｐｅｏｐｌｅ誌のスペイン語版で、Ｄｅｖｉｄ Archuletaが紹介されました。
この写真も、記事の内容もなかなか好ましいので、紹介します！


頂点に立ったデヴィッド・アーチュレッタ
TV番組「アメリカン・アイドル」での拍手喝采に後押しされて、ホンジュラスの血を引くヤングスターは、彼の歌を聴く者すべてを引き付けながら夢を追いかける
イシス・サウセーダ
＜ページ右上＞
誇り
「みんなが、自分のしたことに喜んでくれたら嬉しい」とデヴィッド・アーチュレッタは言う　（2008年6月、ロス・アンジェルスにて）
＜本文：1ページ目＞
アーチュレッタの家族は、数ヶ月の間、これまでのようにユタ州マレーの自宅で一緒に夕食を囲むことができないままでいた。実際、それは容易なことではなかった。家族のうちの2人、父親のジェフと長男（5人の子供のうち2番目）のデヴィッドは自宅から600マイル離れたロス・アンジェルスにいて、一緒に過ごすことは不可能だった。でも、それだけの犠牲を払う価値はあった。2008年の初頭から、デヴィッド・アーチュレッタは、国民に最も人気のある番組のひとつであるアメリカン・アイドルで、毎週、毎週歌を披露するという、彼がずっと暖めていた夢を実現したのだ。「僕はいつもこうなることを想像していたんだ」とデヴィッド・アーチュレッタ（17歳）は言う。それに、ホンジュラス人の母親ルーペ（42歳）が付け加えた。「私は親戚一同が集まる時にはいつも子供たちに歌わせていたんだけど、デヴィッドは明らかに一番目立っていたの。」
これは、TVの歌謡コンテストにおいて、まさにデヴィッドがしたことである。彼女の息子は、5月のファイナルにおいて今年のアメリカン・アイドルになることはできなかった。


＜本文：2ページ目＞
デヴィッド・クックに敗れて次点になったのだが、ラテン系としては最初の成功者となった。そして、この番組に参加したことで、約束されたキャリアへの扉を開いたのである。この夏、アーチュレッタは、アメリカン・アイドルのライブツアーに参加するだけではない。ソロ・アーチストとして、彼の最初のアルバムの製作を開始する予定である。
「アメリカン・アイドルは、彼にとって決して容易なものではなかったんだ。彼は簡単そうに見せていたけどね。」来年高校を卒業する予定のアーチュレッタについて、アメリカン・アイドルのピアニストで、音楽ディレクタのマイケル・オーランドは言う。「彼は天才として参加し、天才として去っていった。ほかの参加者達はみんな、彼のレベルに到達したいと切望していたんだ。」
あらゆる喝采や視聴者（彼のファンは自分達を「アーチーズ」と呼んでいる）からの数千万票に及ぶ投票にもかかわらず、アーチュレッタはそんな称賛に対して懐疑的である。
「僕は、自分の歌を聴きたい人なんて誰もいないって思っていた。」と、いまや彼を留めるものは何も無いパフォーマは言う。彼は、母親の影響でセリア・クルース、グロリア・エスタファン、セレナを聴いて育った。彼の母はマイアミに住み、タリアのファンで、「The Sisters Mayorga」で歌っていた。「僕はいつも恥ずかしかったんだ」。
しかしデヴィッドは、故郷のユタで、大勢の観衆の前で、両親が見守る中、歌を披露した。アーチュレッタは10歳にしてテレビデビューし、12歳でスター・サーチのヤング部門で優勝した。チャリティで歌うためにホンジュラスを訪れたことのあるこの少年は、セルバンテスの言語（スペイン語）をマスターすることによって自らのラテンのルーツにも敬意を払っている。彼は、母方の祖母と話す時にだけ、スペイン語を話す。「だって、おばあちゃんは僕の（スペイン語の）欠点を知ってるからね」と、マイクの前にいないときはいつもiPodで音楽を聴いているアーチュレッタは言う。（彼の好きな歌手、スティービー・ワンダー、セリーヌ・デュオン、マイケル・ジャクソンなんかをね）。
彼の、歌手としてのキャリアは、彼がまさにスタートを切ろうとしていた時に危機にさらされた。1年半ほど前、アーチュレッタは声帯麻痺のために治療を受けていた。「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には、彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」と、アメリカ人のジャズミュージシャンである彼の父（47歳）が言う。治療の後、この若者は再び歌いだす。最初は話すこともままならず、呼吸さえ困難だったのに、だ。この時点で、しかし誰も彼を止めることはできなかった。「僕は、ほかの人が歌うのを聴くと、つながっているって感じるんだ。僕が歌うことでそれと同じことができたら、僕は本当に嬉しいんだ」とアーチュレッタは言う。「多くのアルバムが製作できたらいいなと思う。スペイン語での曲作りも是非やってみたいし。たとえばルイス・ミゲルなんかいいよね！」
＜デヴィッドの胸の上！＞
「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」：ジェフ・アーチュレッタ
＜ピンクのコラム＞

「デヴィッドはいい子よ。いつも優しくて、思いやりがあって、礼儀正しくて素直なの」と母のルーペ・アーチュレッタは言う。「彼はいつもとっても素敵なのよ」
左上：1995年に、フロリダ州のキシミー川で両親と姉のクラウディアと一緒に休暇を過ごすデヴィッド・アーチュレッタ。
右上: アメリカン・アイドルでのパフォーマンス
◇◆◇◆◇◆
う～ん、この写真の選択といい、記事といい、やっぱりラテン系の感性の方が日本人に近いと思うのよね　（←　何と比較してかはあえて言わない。おとなだからねっ！←これ気にいっちゃった♪）。
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			<content:encoded><![CDATA[<div class='snap_preview'><br /><p><strong>★People en Español (People Magazine スペイン語版) の記事 (2008年7月）</strong></p>
<p>少し前になりますが、Ｐｅｏｐｌｅ誌のスペイン語版で、Ｄｅｖｉｄ Archuletaが紹介されました。<br />
この写真も、記事の内容もなかなか好ましいので、紹介します！</p>
<p><img class="aligncenter size-medium wp-image-326" title="spanish-1" src="http://davidarchuletajp.files.wordpress.com/2009/01/spanish-1.jpg?w=226&#038;h=300" alt="spanish-1" width="226" height="300" /></p>
<p align="left">
<p align="left"><strong>頂点に立ったデヴィッド・アーチュレッタ</strong></p>
<p align="left">TV番組「アメリカン・アイドル」での拍手喝采に後押しされて、ホンジュラスの血を引くヤングスターは、彼の歌を聴く者すべてを引き付けながら夢を追いかける</p>
<p align="left">イシス・サウセーダ</p>
<p align="left">＜ページ右上＞<br />
誇り<br />
「みんなが、自分のしたことに喜んでくれたら嬉しい」とデヴィッド・アーチュレッタは言う　（2008年6月、ロス・アンジェルスにて）</p>
<p align="left">＜本文：1ページ目＞</p>
<p align="left">アーチュレッタの家族は、数ヶ月の間、これまでのようにユタ州マレーの自宅で一緒に夕食を囲むことができないままでいた。実際、それは容易なことではなかった。家族のうちの2人、父親のジェフと長男（5人の子供のうち2番目）のデヴィッドは自宅から600マイル離れたロス・アンジェルスにいて、一緒に過ごすことは不可能だった。でも、それだけの犠牲を払う価値はあった。2008年の初頭から、デヴィッド・アーチュレッタは、国民に最も人気のある番組のひとつであるアメリカン・アイドルで、毎週、毎週歌を披露するという、彼がずっと暖めていた夢を実現したのだ。「僕はいつもこうなることを想像していたんだ」とデヴィッド・アーチュレッタ（17歳）は言う。それに、ホンジュラス人の母親ルーペ（42歳）が付け加えた。「私は親戚一同が集まる時にはいつも子供たちに歌わせていたんだけど、デヴィッドは明らかに一番目立っていたの。」<br />
これは、TVの歌謡コンテストにおいて、まさにデヴィッドがしたことである。彼女の息子は、5月のファイナルにおいて今年のアメリカン・アイドルになることはできなかった。</p>
<p align="left">
<p><img class="aligncenter size-medium wp-image-325" title="spanish4" src="http://davidarchuletajp.files.wordpress.com/2009/01/spanish4.jpg?w=231&#038;h=300" alt="spanish4" width="231" height="300" /></p>
<p>＜本文：2ページ目＞</p>
<p>デヴィッド・クックに敗れて次点になったのだが、ラテン系としては最初の成功者となった。そして、この番組に参加したことで、約束されたキャリアへの扉を開いたのである。この夏、アーチュレッタは、アメリカン・アイドルのライブツアーに参加するだけではない。ソロ・アーチストとして、彼の最初のアルバムの製作を開始する予定である。<br />
「アメリカン・アイドルは、彼にとって決して容易なものではなかったんだ。彼は簡単そうに見せていたけどね。」来年高校を卒業する予定のアーチュレッタについて、アメリカン・アイドルのピアニストで、音楽ディレクタのマイケル・オーランドは言う。「彼は天才として参加し、天才として去っていった。ほかの参加者達はみんな、彼のレベルに到達したいと切望していたんだ。」<br />
あらゆる喝采や視聴者（彼のファンは自分達を「アーチーズ」と呼んでいる）からの数千万票に及ぶ投票にもかかわらず、アーチュレッタはそんな称賛に対して懐疑的である。<br />
「僕は、自分の歌を聴きたい人なんて誰もいないって思っていた。」と、いまや彼を留めるものは何も無いパフォーマは言う。彼は、母親の影響でセリア・クルース、グロリア・エスタファン、セレナを聴いて育った。彼の母はマイアミに住み、タリアのファンで、「The Sisters Mayorga」で歌っていた。「僕はいつも恥ずかしかったんだ」。<br />
しかしデヴィッドは、故郷のユタで、大勢の観衆の前で、両親が見守る中、歌を披露した。アーチュレッタは10歳にしてテレビデビューし、12歳でスター・サーチのヤング部門で優勝した。チャリティで歌うためにホンジュラスを訪れたことのあるこの少年は、セルバンテスの言語（スペイン語）をマスターすることによって自らのラテンのルーツにも敬意を払っている。彼は、母方の祖母と話す時にだけ、スペイン語を話す。「だって、おばあちゃんは僕の（スペイン語の）欠点を知ってるからね」と、マイクの前にいないときはいつもiPodで音楽を聴いているアーチュレッタは言う。（彼の好きな歌手、スティービー・ワンダー、セリーヌ・デュオン、マイケル・ジャクソンなんかをね）。<br />
彼の、歌手としてのキャリアは、彼がまさにスタートを切ろうとしていた時に危機にさらされた。1年半ほど前、アーチュレッタは声帯麻痺のために治療を受けていた。「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には、彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」と、アメリカ人のジャズミュージシャンである彼の父（47歳）が言う。治療の後、この若者は再び歌いだす。最初は話すこともままならず、呼吸さえ困難だったのに、だ。この時点で、しかし誰も彼を止めることはできなかった。「僕は、ほかの人が歌うのを聴くと、つながっているって感じるんだ。僕が歌うことでそれと同じことができたら、僕は本当に嬉しいんだ」とアーチュレッタは言う。「多くのアルバムが製作できたらいいなと思う。スペイン語での曲作りも是非やってみたいし。たとえばルイス・ミゲルなんかいいよね！」</p>
<p>＜デヴィッドの胸の上！＞<br />
「医者は私たちに『天にある何者かが彼に歌わせたいって思っているんでしょうね。医学的には彼は歌うことができないはずですから。』と言ったんです」：ジェフ・アーチュレッタ</p>
<p>＜ピンクのコラム＞<br />
<img class="aligncenter size-medium wp-image-324" title="spanish3" src="http://davidarchuletajp.files.wordpress.com/2009/01/spanish3.jpg?w=300&#038;h=266" alt="spanish3" width="300" height="266" /></p>
<p>「デヴィッドはいい子よ。いつも優しくて、思いやりがあって、礼儀正しくて素直なの」と母のルーペ・アーチュレッタは言う。「彼はいつもとっても素敵なのよ」</p>
<p>左上：1995年に、フロリダ州のキシミー川で両親と姉のクラウディアと一緒に休暇を過ごすデヴィッド・アーチュレッタ。</p>
<p>右上: アメリカン・アイドルでのパフォーマンス</p>
<p>◇◆◇◆◇◆</p>
<p>う～ん、この写真の選択といい、記事といい、やっぱりラテン系の感性の方が日本人に近いと思うのよね　（←　何と比較してかはあえて言わない。おとなだからねっ！←これ気にいっちゃった♪）。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>AI前のDavid Archuleta － Solt Lake Tribune</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Jan 2009 09:38:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rikuchan</dc:creator>
				<category><![CDATA[AI以前のDavid Archuleta]]></category>
		<category><![CDATA[Biography]]></category>
		<category><![CDATA[記事]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://davidarchuletajp.wordpress.com/?p=116</guid>
		<description><![CDATA[■Salt Lake Tribune 2008年4月28日
※※　注意　※※
○元記事は既にアーカイブ入りしていて、有料じゃないと見れないので、訳文だけの掲載です。あしからずご了承ください。
○少々長いです。時間のある時にお立ち寄りください。
『かつては恥ずかしがりやだったユタのデヴィッド・アーチュレッタが、
スポットライトに飲み込まれた』

デヴィッド・アーチュレッタが歌えることを、誰もが知っていたわけではなかった。いま、アメリカじゅうがそのことを知っているようには。
2006年6月のとある乾いた日、「17歳のアメリカン・アイドル」現象が代名詞になる以前のデヴィッドは、数十人の十代の若者達と共にワイオミング州Martin’s CoveでのLDS教会の若者会議を終えて家に帰るバスの中にいた。友人達が彼に歌をしつこくせがんだ。
「彼は恥ずかしがって『だめだよ。ウォームアップしてないんだ』って言っていたわ」と若者のリーダーのジュリー・ランドバーグ。「でも、みんながあらゆる種類の拍手してせがんで、私が『彼らはあなたが歌うまできっと放してくれないわ』って言ったのよ。デヴィッドはとうとう折れて、バスの運転手のマイクをつかんだの。そして彼の優雅な歌声が静寂に満ちたインターコムシステムから流れ出したわ。彼はロビー・ウイリアムズの「Angels」を歌ったのよ。彼が「アイドル」で歌ったのと同じあのインスピレーション溢れるバラードよ。
あれは素晴らしかったわ。バスの中はもう静寂に覆われていたわ。まるでみんな「うわあ」って感じだった。」
それから２年後、デヴィッド・アーチュレッタはスターダムへと向かっている。2ヶ月前に「アメリカン・アイドル」で初めて2500万人の視聴者の前で1961年の大ヒット曲「Shop Around」を歌って以降、デヴィッドは「アイドル」の優勝候補になった。
今や5名のコンテスタンツを残すのみとなったが、柔らかなバラードと子供っぽいしぐさで知られるマレー出身のティーンは、ミズーリ出身の実力派でデヴィッド・アーチュレッタとは対極をなすロッカーのデヴィッド・クックと、ファイナルで顔を付き合わせることになりそうである。
「彼がステージに上がると、その途端に別世界になるの」とマレー高校2年生で彼の友人のシャンテル・ハンセン（17歳）が言う。「彼は音楽への純粋な愛だけでそれをするのよ」。
デヴィッドは、いつも音楽に夢中だった。父親のジェフ・アーチュレッタがフロリダでPBSの放送を録画した「レ・ミゼラブル」のビデオを、ユタの新居で荷解きしている間に子供達に見せて以降は特にそうなった。　この時6歳だったデヴィッドと彼の弟のダニエル（デヴィッドには3人の姉妹と弟がいる）は、このビデオを繰り返し見て、デヴィッドはすぐに心ですべての曲を覚え、コックニー訛りまでマスターした。
デヴィッドは才能を両親から受けついでいる。ジェフはジャズとラテンのトランペット奏者であり、ソルトレーク・シティにある D.B. Cooper’sなどのクラブで演奏していた。彼は、ホンジュラスのラ・セイバ出身のポップ／ラテン歌手である妻のルーペと一緒に出演もしていた。このカップルの第二子は、マイアミで生まれた。彼は1997年に家族がユタに引っ越すまでそこで育った。フロリダでは、ルーペがピアノを伴奏してデヴィッドに「The Little Drummer Boy」などの歌を教えた。彼はそれらの曲を即座にものにした。デヴィッドは簡単なピアノのレッスンも受けたが、家族や友人によればデヴィッドの能力は本能的なものだという。
「彼にはスタイルと表現をつかむ驚くべき能力がある」とデヴィッドのボイス･コーチであるディーン・ケーレンは言う。
4～5歳の時に、デヴィッドは、彼の夢にそって、彼がピアノで弾く曲を作曲した。ミュージカルへのやむことのない興味から、アンドリュー・ロイド・ウエバーの「エビータ」や「キャッツ」の曲をマスターした。8～9歳の頃は、教会のイベントや家族の集まりなどで歌を披露していた。
デヴィッドには才能と音楽的洞察力があったが、自信が欠けていた。彼に近しい人々は、彼は自分自身のことを、観客が彼の歌声を聞きたいと思うような優れた歌手だとは決して思っていなかったと言う。そして、彼が群集の前で歌うことを嫌っているのは明らかであった。「彼は、彼自身のもっとも厳しい批評家ですよ」と、家族の友人であるブレット・ヘイルズは言う。
しかし、2001年、デヴィッドが10歳の時に母親が彼を州のタレントショーで歌わせた時にすべてが変わった。彼がコンテストで歌ったのは、これがはじめてだった。そして、まったく知らない群集の前で歌うのもまた、初めてであった。
ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を歌うためにソルト・パレス コンベンションセンターの舞台に上がる前に、デヴィッドは不安発作を起こした。泣いて出るのを嫌がったが、出演までには2分しかなかった。デヴィッドと父親は簡単な祈りを唱え、そして少年は落ち着きを取り戻した。そして彼はスタンディング・オベーションを受け、優勝して200ドルの賞金とトロフィーを持ち帰った。しかし、さらに重要なのは、彼が観客の前で歌う勇気を勝ち得たことだった。
その1年後、彼は「アメリカン・アイドル」を知る。2002年のシーズン1は彼をとりこにし、デヴィッドは、曲を心から覚えるまで何度も何度も録画したエピソードを見続けた。特にタマイラ・グレイの「And I’m Telling You」を。シーズン1の後半で、彼はハリウッドのホテルでコンテスタント達に会い、ケリー・クラークソンにその歌を披露した。この瞬間を撮影したYouTubeのビデオは有名である。
彼がCBSの番組「スター・サーチ」に出演したのはまだ12歳の時だった。デヴィッドは即座に審査員を魅了した。　「あなたの歌を聴いていると天国にいるようだわ」と審査員の一人、カントリー歌手のナオミ・ジャッドは言った。「あなたは、本物よ。」
デヴィッドはこの番組で $100,000の賞金を得た。この賞金は、彼の家族がデヴィッドのためにレコーディング機器とフロリダの不動産を購入するのに使った。
彼はスター・サーチの「チャンピオン大会」に挑んだが、デヴィッドの片側の声帯の麻痺が進行し、週を追うごとに歌うことが困難になっていった。そして、ファイナルの直前に敗れてしまった。
「あのスター・サーチの後半は、彼の声を維持するために一緒になってできることはすべてやりました」とボイス・コーチは言う。彼の家族は、彼に休養を与えたがった。「彼は、『僕は学校に行って、普通の子供のようになりたいんだ』と言っていました」とデヴィッドのモルモン教のビショップであるマイケル・ランドバーグは言う。
デヴィッドは、幾夏かをローラーブレードで近所を遊び回り、時々頼まれると歌うために立ち止まりながら過ごし、良い子の評判を得ていった。
「ある日、彼が玄関に来て落ち葉を掃除してもいいか、って聞くんです」と近所に住む Amy Goeckeritz。「彼は私が妊娠していて臨月だって知っていて、それで掃除してくれたのよ。私は何かお支払いするわって言ったけど、彼はアイス・キャンディ1つ受け取らなかった。彼はそれから少なくとも2～3回は来てくれたわ。呼び鈴も鳴らさずにただ掃除だけして行くの。」　「クリスマスのたびに、うちにきて歌ってくれるのよ」とデヴィッドの日曜学校の先生だったSherry Madsenが付け加える。「私はデヴィッドには決してお金を渡せないことを学んだわ。彼はまるで、そう頼まれるのがワクワクすることであるように振舞うのよ。彼は、彼の音楽に対する愛を広めているの。そして、それは彼がそうしたいと望んでいることなのよ。」
彼が16歳になって、「アイドル」に出場できる最小年齢に達すると、デヴィッドはサンディエゴでのオーディションに挑戦し、番組へと出演した。最近のデヴィッドは、番組が続いている間、父親と一緒にロスのアパートに住みながら、毎週毎週リハーサル、写真撮影、エピソードのインタビュー、ケーレンとの発声練習、それにその週の音楽のアレンジに関する父親との作業に追われている。「彼らには、他に何かする時間なんて全くないのよ」とロスにデヴィッドを訪ねたコートニー・ヘイルズ（18歳）が言う。「でも彼は本当によくやっているわ。彼はこれを競争だとは思ってないの。彼はただ歌って楽しむためだけにそこにいるのよ。」
デヴィッドがスターダムに登りつめることは、楽しいことばかりではない。インターネットのタブロイドでは、ジェフ・アーチュレッタがレコーディング中にとっても厳しい要求を突きつけてデヴィッドを泣かせているといった根拠のないレポートを流している。先週の「Today」のインタビューでは、スター・サーチの審査員だったジャッドが父親に「彼をひとりにしてあげて」と嘆願し、ジェフを「最悪のステージパパ」と呼んだ。彼女は、スター・サーチの時にガードマンが彼をセキュリティ「ボックス」に閉じ込めたとまで言った。しかし、友人達はジェフを弁護する。彼は面倒見のよい父親であり、ジャッドには会ったことさえないのだ、と。
「ジェフには、どうして彼らがそのような印象を持ったのか見当がつかないんだ。でも彼はこれには相当傷ついてるよ。」と家族の友人のヘイルズが言う。
「私は録画のために2度ほどその場にいたけれど、セキュリティ「ボックス」なんてものは存在してなかった」とケーレンが付け加える。「ジェフとルーペはいつもほかの親達と一緒に座っていたよ」
新しく誕生したスターの生活とはそういうものである。
今のところデヴィッドは、来月のファイナルまで「アイドル」の称号だけに目を向けて歩み続けている。　第三者は、彼の音楽がどの方向に向かっていくのか、まだわからないと言う。ポップ、アダルトコンテンポラリ、啓発、あるいは十代のマーケットを直接魅了するのか？　ヘイルズによれば、レコード会社の重鎮達が、番組後のデヴィッドとの契約を勝ち取ろうと既に列をなしているとのことだ。
デヴィッドが、末日聖徒イエス・キリスト教会の2年間のミッションのために、1年以上そのキャリアを中断するかどうかはまだわからない。デヴィッドのモルモン教のビショップであるランドバーグは「それが彼の選択であると固く信じています」と言う。「私は、彼がそうしたいと強く望んでいることを知っています。彼はそうしたいと考えていると思いますよ。」
しかし、ケーレンは、デヴィッドの「ミッション」は音楽で聴衆を感動させることであり、したがって彼は19歳のモルモン教徒の重要なマイル・ストーン（であるミッション）を先んじて行っているのだと考える。 「彼がこれをどう認識しているかはわかりませんが、彼は今すでにミッションについているんですよ」とケーレンは言う。「人々は、彼によって自分がどんなにインスパイアされたかを語っています。彼は既に救いを行っているんです。」
いずれにしても、友人と家族は、彼らのよく知るこの10代の少年が地に足をつけたままでいることを望んでいる。だが、だれも本気で心配はしていない。
デヴィッドは近頃レコーディングスタジオでカニエ・ウエストと一緒になった。彼はこのラッパーに会いたかった。ウエストは、デヴィッドの側を通り過ぎる時にデヴィッドに気付かなかった。そして、この十代の少年ときたらカニエに声をかけるにはシャイすぎた。「彼は自分がどんなに大物なのかをまったく理解していないと思いますよ。」とケーレンは言う。「デヴィッドは今アメリカ最大の番組に出演しているのに、彼ときたらまだスターにあこがれているんです。彼は、人々が彼のことを（スターと）同じように見ているなんて思ってもいないでしょう。彼はきっと今後もそう思うことなどない、と私は思いますよ。」
（おわり）
       <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=davidarchuletajp.wordpress.com&blog=5423454&post=116&subd=davidarchuletajp&ref=&feed=1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class='snap_preview'><br /><p><strong>■Salt Lake Tribune 2008年4月28日</strong></p>
<p>※※　注意　※※<br />
○元記事は既にアーカイブ入りしていて、有料じゃないと見れないので、訳文だけの掲載です。あしからずご了承ください。<br />
○少々長いです。時間のある時にお立ち寄りください。</p>
<p align="left"><strong>『かつては恥ずかしがりやだったユタのデヴィッド・アーチュレッタが、</strong></p>
<p align="left"><strong>スポットライトに飲み込まれた</strong>』</p>
<p align="left">
<p>デヴィッド・アーチュレッタが歌えることを、誰もが知っていたわけではなかった。いま、アメリカじゅうがそのことを知っているようには。</p>
<p>2006年6月のとある乾いた日、「17歳のアメリカン・アイドル」現象が代名詞になる以前のデヴィッドは、数十人の十代の若者達と共にワイオミング州Martin’s CoveでのLDS教会の若者会議を終えて家に帰るバスの中にいた。友人達が彼に歌をしつこくせがんだ。<br />
「彼は恥ずかしがって『だめだよ。ウォームアップしてないんだ』って言っていたわ」と若者のリーダーのジュリー・ランドバーグ。「でも、みんながあらゆる種類の拍手してせがんで、私が『彼らはあなたが歌うまできっと放してくれないわ』って言ったのよ。デヴィッドはとうとう折れて、バスの運転手のマイクをつかんだの。そして彼の優雅な歌声が静寂に満ちたインターコムシステムから流れ出したわ。彼はロビー・ウイリアムズの「Angels」を歌ったのよ。彼が「アイドル」で歌ったのと同じあのインスピレーション溢れるバラードよ。<br />
あれは素晴らしかったわ。バスの中はもう静寂に覆われていたわ。まるでみんな「うわあ」って感じだった。」</p>
<p>それから２年後、デヴィッド・アーチュレッタはスターダムへと向かっている。2ヶ月前に「アメリカン・アイドル」で初めて2500万人の視聴者の前で1961年の大ヒット曲「Shop Around」を歌って以降、デヴィッドは「アイドル」の優勝候補になった。<br />
今や5名のコンテスタンツを残すのみとなったが、柔らかなバラードと子供っぽいしぐさで知られるマレー出身のティーンは、ミズーリ出身の実力派でデヴィッド・アーチュレッタとは対極をなすロッカーのデヴィッド・クックと、ファイナルで顔を付き合わせることになりそうである。</p>
<p>「彼がステージに上がると、その途端に別世界になるの」とマレー高校2年生で彼の友人のシャンテル・ハンセン（17歳）が言う。「彼は音楽への純粋な愛だけでそれをするのよ」。</p>
<p>デヴィッドは、いつも音楽に夢中だった。父親のジェフ・アーチュレッタがフロリダでPBSの放送を録画した「レ・ミゼラブル」のビデオを、ユタの新居で荷解きしている間に子供達に見せて以降は特にそうなった。　この時6歳だったデヴィッドと彼の弟のダニエル（デヴィッドには3人の姉妹と弟がいる）は、このビデオを繰り返し見て、デヴィッドはすぐに心ですべての曲を覚え、コックニー訛りまでマスターした。</p>
<p>デヴィッドは才能を両親から受けついでいる。ジェフはジャズとラテンのトランペット奏者であり、ソルトレーク・シティにある D.B. Cooper’sなどのクラブで演奏していた。彼は、ホンジュラスのラ・セイバ出身のポップ／ラテン歌手である妻のルーペと一緒に出演もしていた。このカップルの第二子は、マイアミで生まれた。彼は1997年に家族がユタに引っ越すまでそこで育った。フロリダでは、ルーペがピアノを伴奏してデヴィッドに「<a href="http://www.dailymotion.com/video/x11ekf_little-drummer-boy_music">The Little Drummer Boy</a>」などの歌を教えた。彼はそれらの曲を即座にものにした。デヴィッドは簡単なピアノのレッスンも受けたが、家族や友人によればデヴィッドの能力は本能的なものだという。</p>
<p>「彼にはスタイルと表現をつかむ驚くべき能力がある」とデヴィッドのボイス･コーチであるディーン・ケーレンは言う。<br />
4～5歳の時に、デヴィッドは、彼の夢にそって、彼がピアノで弾く曲を作曲した。ミュージカルへのやむことのない興味から、アンドリュー・ロイド・ウエバーの「エビータ」や「キャッツ」の曲をマスターした。8～9歳の頃は、教会のイベントや家族の集まりなどで歌を披露していた。</p>
<p>デヴィッドには才能と音楽的洞察力があったが、自信が欠けていた。彼に近しい人々は、彼は自分自身のことを、観客が彼の歌声を聞きたいと思うような優れた歌手だとは決して思っていなかったと言う。そして、彼が群集の前で歌うことを嫌っているのは明らかであった。「彼は、彼自身のもっとも厳しい批評家ですよ」と、家族の友人であるブレット・ヘイルズは言う。</p>
<p>しかし、2001年、デヴィッドが10歳の時に母親が彼を州のタレントショーで歌わせた時にすべてが変わった。彼がコンテストで歌ったのは、これがはじめてだった。そして、まったく知らない群集の前で歌うのもまた、初めてであった。<br />
ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を歌うためにソルト・パレス コンベンションセンターの舞台に上がる前に、デヴィッドは不安発作を起こした。泣いて出るのを嫌がったが、出演までには2分しかなかった。デヴィッドと父親は簡単な祈りを唱え、そして少年は落ち着きを取り戻した。そして彼はスタンディング・オベーションを受け、優勝して200ドルの賞金とトロフィーを持ち帰った。しかし、さらに重要なのは、彼が観客の前で歌う勇気を勝ち得たことだった。</p>
<p>その1年後、彼は「アメリカン・アイドル」を知る。2002年のシーズン1は彼をとりこにし、デヴィッドは、曲を心から覚えるまで何度も何度も録画したエピソードを見続けた。特にタマイラ・グレイの「And I’m Telling You」を。シーズン1の後半で、彼はハリウッドのホテルでコンテスタント達に会い、ケリー・クラークソンにその歌を披露した。この瞬間を撮影したYouTubeのビデオは有名である。</p>
<p>彼がCBSの番組「スター・サーチ」に出演したのはまだ12歳の時だった。デヴィッドは即座に審査員を魅了した。　「あなたの歌を聴いていると天国にいるようだわ」と審査員の一人、カントリー歌手のナオミ・ジャッドは言った。「あなたは、本物よ。」<br />
デヴィッドはこの番組で $100,000の賞金を得た。この賞金は、彼の家族がデヴィッドのためにレコーディング機器とフロリダの不動産を購入するのに使った。<br />
彼はスター・サーチの「チャンピオン大会」に挑んだが、デヴィッドの片側の声帯の麻痺が進行し、週を追うごとに歌うことが困難になっていった。そして、ファイナルの直前に敗れてしまった。</p>
<p>「あのスター・サーチの後半は、彼の声を維持するために一緒になってできることはすべてやりました」とボイス・コーチは言う。彼の家族は、彼に休養を与えたがった。「彼は、『僕は学校に行って、普通の子供のようになりたいんだ』と言っていました」とデヴィッドのモルモン教のビショップであるマイケル・ランドバーグは言う。<br />
デヴィッドは、幾夏かをローラーブレードで近所を遊び回り、時々頼まれると歌うために立ち止まりながら過ごし、良い子の評判を得ていった。</p>
<p>「ある日、彼が玄関に来て落ち葉を掃除してもいいか、って聞くんです」と近所に住む Amy Goeckeritz。「彼は私が妊娠していて臨月だって知っていて、それで掃除してくれたのよ。私は何かお支払いするわって言ったけど、彼はアイス・キャンディ1つ受け取らなかった。彼はそれから少なくとも2～3回は来てくれたわ。呼び鈴も鳴らさずにただ掃除だけして行くの。」　「クリスマスのたびに、うちにきて歌ってくれるのよ」とデヴィッドの日曜学校の先生だったSherry Madsenが付け加える。「私はデヴィッドには決してお金を渡せないことを学んだわ。彼はまるで、そう頼まれるのがワクワクすることであるように振舞うのよ。彼は、彼の音楽に対する愛を広めているの。そして、それは彼がそうしたいと望んでいることなのよ。」</p>
<p>彼が16歳になって、「アイドル」に出場できる最小年齢に達すると、デヴィッドはサンディエゴでのオーディションに挑戦し、番組へと出演した。最近のデヴィッドは、番組が続いている間、父親と一緒にロスのアパートに住みながら、毎週毎週リハーサル、写真撮影、エピソードのインタビュー、ケーレンとの発声練習、それにその週の音楽のアレンジに関する父親との作業に追われている。「彼らには、他に何かする時間なんて全くないのよ」とロスにデヴィッドを訪ねたコートニー・ヘイルズ（18歳）が言う。「でも彼は本当によくやっているわ。彼はこれを競争だとは思ってないの。彼はただ歌って楽しむためだけにそこにいるのよ。」</p>
<p>デヴィッドがスターダムに登りつめることは、楽しいことばかりではない。インターネットのタブロイドでは、ジェフ・アーチュレッタがレコーディング中にとっても厳しい要求を突きつけてデヴィッドを泣かせているといった根拠のないレポートを流している。先週の「Today」のインタビューでは、スター・サーチの審査員だったジャッドが父親に「彼をひとりにしてあげて」と嘆願し、ジェフを「最悪のステージパパ」と呼んだ。彼女は、スター・サーチの時にガードマンが彼をセキュリティ「ボックス」に閉じ込めたとまで言った。しかし、友人達はジェフを弁護する。彼は面倒見のよい父親であり、ジャッドには会ったことさえないのだ、と。<br />
「ジェフには、どうして彼らがそのような印象を持ったのか見当がつかないんだ。でも彼はこれには相当傷ついてるよ。」と家族の友人のヘイルズが言う。<br />
「私は録画のために2度ほどその場にいたけれど、セキュリティ「ボックス」なんてものは存在してなかった」とケーレンが付け加える。「ジェフとルーペはいつもほかの親達と一緒に座っていたよ」</p>
<p>新しく誕生したスターの生活とはそういうものである。</p>
<p>今のところデヴィッドは、来月のファイナルまで「アイドル」の称号だけに目を向けて歩み続けている。　第三者は、彼の音楽がどの方向に向かっていくのか、まだわからないと言う。ポップ、アダルトコンテンポラリ、啓発、あるいは十代のマーケットを直接魅了するのか？　ヘイルズによれば、レコード会社の重鎮達が、番組後のデヴィッドとの契約を勝ち取ろうと既に列をなしているとのことだ。</p>
<p>デヴィッドが、末日聖徒イエス・キリスト教会の2年間のミッションのために、1年以上そのキャリアを中断するかどうかはまだわからない。デヴィッドのモルモン教のビショップであるランドバーグは「それが彼の選択であると固く信じています」と言う。「私は、彼がそうしたいと強く望んでいることを知っています。彼はそうしたいと考えていると思いますよ。」<br />
しかし、ケーレンは、デヴィッドの「ミッション」は音楽で聴衆を感動させることであり、したがって彼は19歳のモルモン教徒の重要なマイル・ストーン（であるミッション）を先んじて行っているのだと考える。 「彼がこれをどう認識しているかはわかりませんが、彼は今すでにミッションについているんですよ」とケーレンは言う。「人々は、彼によって自分がどんなにインスパイアされたかを語っています。彼は既に救いを行っているんです。」</p>
<p>いずれにしても、友人と家族は、彼らのよく知るこの10代の少年が地に足をつけたままでいることを望んでいる。だが、だれも本気で心配はしていない。</p>
<p>デヴィッドは近頃レコーディングスタジオでカニエ・ウエストと一緒になった。彼はこのラッパーに会いたかった。ウエストは、デヴィッドの側を通り過ぎる時にデヴィッドに気付かなかった。そして、この十代の少年ときたらカニエに声をかけるにはシャイすぎた。「彼は自分がどんなに大物なのかをまったく理解していないと思いますよ。」とケーレンは言う。「デヴィッドは今アメリカ最大の番組に出演しているのに、彼ときたらまだスターにあこがれているんです。彼は、人々が彼のことを（スターと）同じように見ているなんて思ってもいないでしょう。彼はきっと今後もそう思うことなどない、と私は思いますよ。」</p>
<p>（おわり）</p>
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	</item>
		<item>
		<title>祖父が語る「David Archuleta」</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Jan 2009 09:28:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rikuchan</dc:creator>
				<category><![CDATA[Biography]]></category>
		<category><![CDATA[記事]]></category>

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		<description><![CDATA[■ディザレット・ニュース（2008年3月16日）
天賦の才＋運命 = ユタのアイドル「デヴィッド・アーチュレッタ」

記事原文⇒　http://deseretnews.com/article/1,5143,695262015,00.html?pg=1
デヴィッド・アーチュレッタが歌うことは、止めようのない自然の力だった。この一家の遺伝子に組み込まれた音楽が、彼の骨の髄まで染み込んでいた。そして運命、神意、あるいはほかにどのような名前で呼ぼうとも、「それ」が手を貸したのだ。
もし、父親が「レ・ミゼラブル」のレコードを家に置かなかったら？
もし、歌手であり踊り手でもある母親が、ホンジュラスからフロリダに移民しなかったら？彼女はフロリダで、夏のアルバイトでセールスをしていたデヴィッドの父親に出会ったのだ。
もし、ジェフの姉のボーイフレンドが伝説的なボイス･コーチに巡り会わなかったら？そして、そのボイス・コーチがコンピュータの使い方に助けを必要としていなかったら？
「こうなるまでには、それはそれは多くのことがあったんですよ。」とデヴィッドの祖父、ジム・アーチュレッタは言う。
「アメリカン・アイドル」にセンセーションを巻き起こしているソルトレークシティ出身の可愛い顔をした17歳のデヴィッドは、多くの少年達がフットボールやビデオ･ゲームに夢中になるのと同じように、歌に夢中になった。
運命の定めによって、163cmの十代の少年は、その成長（の遅さ）に反して大きな声を発達させた。そしてソウルフルな歌声で、目的を持って歌っていた。
「デヴィッドが8歳の時から、彼の目標は、多くの人々に自分の音楽を通じて福音を伝えることができるように、十分な名声を築きあげることだった。」と祖父は言う。「彼は敬虔なLDS（末日聖徒）なんだ。」
「アメリカン・アイドル」の人気にあやかってCBSが数年間放送したリメーク番組の「スター・サーチ」にデヴィッドが出演したのは、彼がまだ12歳の時だった。彼は有名なジャッジ達（Naomi Judd, LeAnn Rimes, Ben Stein and Ahmet Zappa）から満点をもらい、$100,000の優勝賞金を手にした。
その時、ソルトレイクシティ・トリビューンによる電話インタビューで、彼が最初に受けた質問は、「そんなにたくさんのお金をどう使う予定なの？」だった。
デヴィッドの答えはトリビューンでは報道されなかったが、「僕が最初にするのは、十分の一税を払うことだよ」だった。そして$10,000を教会（LDS教会：末日聖徒イエス・キリスト教会）に渡した。
それから4年後の今、デヴィッドは自身の歌の才能を全国ステージで披露している。彼は「アメリカン・アイドル」の人気投票ですべてのラウンドにおいて第一位にランクされている。デヴィッドの唯一の標準以下のパフォーマンスの時、（彼は一瞬歌詞を忘れながらなんとかこの週のパフォーマンスを乗り切ったのだが）、実は彼が2週に渡って連鎖球菌性咽頭炎にやられていたことは、誰も知らない。
複数のレコード会社が、「アメリカン・アイドル」の結果いかんにかかわらず彼と契約したいと考えていると報道されている。ある筋からディザレット・モーニング・ニュースに伝えられたところによると、デヴィッドは既に複数のレコードレーベルから接触されているらしい。
デヴィッド現象について完全に説明できるのは、身近な肉親だけである。しかし現在、彼らは何も語ることができない。「アメリカン・アイドル」はすべてのコンテスタンツとその家族に対して、番組が進行中はメディアに番組について何も話してはいけないという契約を交わしているからである。デヴィッドの友人や高校の知り合い達はみんな、デヴィッドのことを信じられないくらいシャイだと言うが、数千人の人の前で（この場合は数百万人だが）ステージに立たせたら、彼はエンターテイナーになる。
「それは本当だ。彼はとってもシャイなんだ」とジム・アーチュレッタは言う。「彼から続けて3語以上を引き出すことはできないよ。でもステージに立ったとたんに、彼は変身する。」
デヴィッドの全国ステージでのキャリアは、11年前の運命のいたずらから始まった。ジムの息子ジェフ（つまりデヴィッドの父親だ）が、家に「レ・ミゼラブル」の10周年記念コレクションを持ってきた。その一ヵ月後、ジェフは、デヴィッドがこのブロードウェイ・ミュージカルのすべての曲を覚え、正しいアクセントで歌うだけでなく、完璧なピッチで歌っているのを聴いて唖然とした。
彼は6歳だった。
「この時、私たちは、この子に天賦の才があることを認識した」とジムは言う。「これについては疑問の余地はない。彼には才能がある。」
デヴィッドの才能は、その血筋から来ている。ジムは、ユタ大学在学中にお金を稼ぐためにカルテットで歌っていた。ジムの最初の妻であるクラウディア（デヴィッドの祖母）は歌手であり、野心的な女優であった（彼らは離婚し、彼女はその6年後に亡くなった）。
デヴィッドの父ジェフは「Music Man」や「Peanuts」のPromised Valley Playhouseプロダクションで舞台俳優をし、またLDS教会のTVコマーシャルにも出演していた。彼はBYU(*)で全国的に有名なジャズグループ「Synthesis」のトランペット奏者でもあり、音楽で身を立てたいと考えていた。
「私が、彼にやめろと言ったんだ」とジムが言う。「私にはそれが彼と彼の家族にとって良い職業であるとは思えなかった。だから彼に『それは趣味に留めて置け。そうすれば家族と一緒に家に居ることができるじゃないか』と言ったんだ」
ジェフは、電気機器とコンピュータの販売をしているのだが、トランペットの演奏は続け、自ら曲も作っている。
ジムは、デヴィッドの才能の多くはデヴィッドの母、ルーペから来ていると思っている。彼女は生国のホンジュラスでLDS教会に入信した後にアメリカに移住してきた。フィラデルフィアでスペイン語による教会のミッションに従事した後に、ジェフはルーペと出会った。その時、ジェフはフロリダで夏のアルバイトで断熱材のセールスをしていたのである。そして2人は結婚した。
ルーペは歌手であり、サルサのダンサーでもある。彼女はその両方の情熱を5人の子供達（クラウディア、デヴィッド、ダニエル、メリッサ、アンバー）に伝えている。彼等は教会のクラブ、キワニス・クラブ（**）、ボーイスカウト、家族が集まったときやパーティなどで、歌ったり踊ったりしていた。
上から二番目の子であるデヴィッドは、BYUの女性会議で父の曲のうち1曲を歌ったことがある。ユタの共和党Sen. Orrin Hatch氏の政治的会合で歌ったこともある。デヴィッドは時間があると、自分の好きな歌手（ナターシャ・バディングフィールド、ナタリー・コール、セリーヌ・デュオン、マライア・キャリー、マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、ブライアン・アダムズ、カーク・フランクリン）のレコードを聞いていた。
デヴィッドが全国デビューしたのは10歳の時である。「Jenny Jones Show」ではマイノリティのパフォーマーを探していた。友人がアーチュレッタ家に電話してきてそのことを告げ、結果的にデヴィッドが選ばれ、そのショーでパフォーマンスを披露した。
その2年後、デヴィッドは「スター・サーチ」に、全く偶然に出演することになった。彼の叔母のCharには音楽業界で働くボーイフレンドがいた。彼が有名なボイス・コーチであるセス・リッグス（Seth Riggs）とミーティングしていた時に、リッグスが、歌を教える時に使うコンピュータソフトウエアのプログラミングができる人がいなくて困っているという話をした。ボーイフレンドはコンピュータに詳しいジェフを推薦した。ジェフはカルフォルニアに飛んで、プログラムをインストールし、それから世間話で自分の息子が歌手だという話をした。リッグスは、彼の歌を聴いてみたいと言った。デヴィッドは、当時11歳だったが、リッグスのために歌い、リッグスは感銘を受け、短期間ではあったがデヴィッドを教えた。そして、ソルトレーク在住のボイス・コーチDean Kaelinのコーチを受けるように勧めた。
もう一つの運命のいたずらは、120人ものグラミー受賞者をコーチしたリッグスが、「スター・サーチ」のボーカル・コーチだったことである。デヴィッドはこの番組に参加しただけでなく、優勝までしてしまった。
「デヴィッドの人生の中では、音楽がすべてなんだよ」とジムは言う。「彼はスポーツに熱中したこともないし。いつも音楽に集中している。彼が優れたパフォーマーである理由は、彼が音楽に対してとても感受性が強くて、そしてそれを自分の音楽の中で伝えることができるところにある。」
デヴィッドは、TV画面を通じてさえその確かな優しさと善良さがにじみ出ているが、祖父に言わせれば「ただ感受性の強い、良い子供」であるらしい。ジムは、デヴィッドはいつもオールAの生徒で、自分の成績に「かなり執着している」と教えてくれた。彼は、かつて自分の成績に1個Aマイナスがあった時にひどく落胆した、とも。
デヴィッドは、定期的なボイス・レッスンに加えて、余暇を曲作りや、ピアノやギターを弾いて過ごす。デヴィッドはいつも、大学に行って教会のミッションに従事するプランを描いていた。彼の「スター・サーチ」の賞金はこれらの費用を賄うのに投資されてきた。しかし、「アメリカン・アイドル」での成功とレコード会社からのオファーによって、この計画が変更される可能性がある。
ジムが言うには、「デヴィッドが大学に行く件についてジェフと話したんだが、ジェフは彼に大学に行く余裕ができるかどうかはわからない、彼は歌うことで大金を稼げるだろうし、多分歌を手放すことはできないんじゃないかな、って言ってたよ。」
今、「アメリカン・アイドル」が放送される夜には、ジムと妻のキャロルはTVの前に座ってデヴィッドを見ている。アメリカの他の多くの人たちと同様に、コンテスタント達のパフォーマンスへの批評を大声で言い合いながら。
「とっても素晴らしい時間を過ごさせてもらってるよ」とジムは言う。「デヴィッドは私たちの人生に何年にも渡って多くの喜びを与えてくれている。」
(*)BYU（BYU &#8211; Brigham Young University）：アメリカ、ユタ州にあるノンプロ（非営利目的）総合大学。末日聖徒イエスキリスト教会によるミッション系の大学で、酒タバコ麻薬、結婚外の男女関係が禁じられている、アメリカ1 堅物の多い大学と評価されている。
(**)キワニスクラブ：アメリカに本部を置く、奉仕活動を行う民間の団体。ライオンズクラブやロータリークラブなどと同じ。
******************************
ひゃ～。こんなに長くなるとは思わなかった～（相変わらずヨミが甘い）。しかも文字だらけ。　最後まで読んだあなたは、偉い！！
       <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=davidarchuletajp.wordpress.com&blog=5423454&post=118&subd=davidarchuletajp&ref=&feed=1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class='snap_preview'><br /><p><strong>■ディザレット・ニュース</strong><strong>（2008年3月16日）</strong></p>
<p><strong>天賦の才＋運命 = ユタのアイドル「デヴィッド・アーチュレッタ」</strong></p>
<p align="left"><img src="http://files.lycos.jp/upload_control/download.blog?fhandle=MENxT2NAZnMubHljb3MuanA6L0lNQUdFLzEvMTIzLmpwZy50aHVtYg==&amp;filename=123.jpg" alt="" /></p>
<p>記事原文⇒　<a href="http://deseretnews.com/article/1,5143,695262015,00.html?pg=1">http://deseretnews.com/article/1,5143,695262015,00.html?pg=1</a></p>
<p>デヴィッド・アーチュレッタが歌うことは、止めようのない自然の力だった。この一家の遺伝子に組み込まれた音楽が、彼の骨の髄まで染み込んでいた。そして運命、神意、あるいはほかにどのような名前で呼ぼうとも、「それ」が手を貸したのだ。</p>
<p>もし、父親が「レ・ミゼラブル」のレコードを家に置かなかったら？<br />
もし、歌手であり踊り手でもある母親が、ホンジュラスからフロリダに移民しなかったら？彼女はフロリダで、夏のアルバイトでセールスをしていたデヴィッドの父親に出会ったのだ。<br />
もし、ジェフの姉のボーイフレンドが伝説的なボイス･コーチに巡り会わなかったら？そして、そのボイス・コーチがコンピュータの使い方に助けを必要としていなかったら？</p>
<p>「こうなるまでには、それはそれは多くのことがあったんですよ。」とデヴィッドの祖父、ジム・アーチュレッタは言う。<br />
「アメリカン・アイドル」にセンセーションを巻き起こしているソルトレークシティ出身の可愛い顔をした17歳のデヴィッドは、多くの少年達がフットボールやビデオ･ゲームに夢中になるのと同じように、歌に夢中になった。</p>
<p>運命の定めによって、163cmの十代の少年は、その成長（の遅さ）に反して大きな声を発達させた。そしてソウルフルな歌声で、目的を持って歌っていた。<br />
「デヴィッドが8歳の時から、彼の目標は、多くの人々に自分の音楽を通じて福音を伝えることができるように、十分な名声を築きあげることだった。」と祖父は言う。「彼は敬虔なLDS（末日聖徒）なんだ。」</p>
<p>「アメリカン・アイドル」の人気にあやかってCBSが数年間放送したリメーク番組の「スター・サーチ」にデヴィッドが出演したのは、彼がまだ12歳の時だった。彼は有名なジャッジ達（Naomi Judd, LeAnn Rimes, Ben Stein and Ahmet Zappa）から満点をもらい、$100,000の優勝賞金を手にした。<br />
その時、ソルトレイクシティ・トリビューンによる電話インタビューで、彼が最初に受けた質問は、「そんなにたくさんのお金をどう使う予定なの？」だった。<br />
デヴィッドの答えはトリビューンでは報道されなかったが、「僕が最初にするのは、十分の一税を払うことだよ」だった。そして$10,000を教会（LDS教会：末日聖徒イエス・キリスト教会）に渡した。<br />
それから4年後の今、デヴィッドは自身の歌の才能を全国ステージで披露している。彼は「アメリカン・アイドル」の人気投票ですべてのラウンドにおいて第一位にランクされている。デヴィッドの唯一の標準以下のパフォーマンスの時、（彼は一瞬歌詞を忘れながらなんとかこの週のパフォーマンスを乗り切ったのだが）、実は彼が2週に渡って連鎖球菌性咽頭炎にやられていたことは、誰も知らない。<br />
複数のレコード会社が、「アメリカン・アイドル」の結果いかんにかかわらず彼と契約したいと考えていると報道されている。ある筋からディザレット・モーニング・ニュースに伝えられたところによると、デヴィッドは既に複数のレコードレーベルから接触されているらしい。</p>
<p>デヴィッド現象について完全に説明できるのは、身近な肉親だけである。しかし現在、彼らは何も語ることができない。「アメリカン・アイドル」はすべてのコンテスタンツとその家族に対して、番組が進行中はメディアに番組について何も話してはいけないという契約を交わしているからである。デヴィッドの友人や高校の知り合い達はみんな、デヴィッドのことを信じられないくらいシャイだと言うが、数千人の人の前で（この場合は数百万人だが）ステージに立たせたら、彼はエンターテイナーになる。<br />
「それは本当だ。彼はとってもシャイなんだ」とジム・アーチュレッタは言う。「彼から続けて3語以上を引き出すことはできないよ。でもステージに立ったとたんに、彼は変身する。」</p>
<p>デヴィッドの全国ステージでのキャリアは、11年前の運命のいたずらから始まった。ジムの息子ジェフ（つまりデヴィッドの父親だ）が、家に「レ・ミゼラブル」の10周年記念コレクションを持ってきた。その一ヵ月後、ジェフは、デヴィッドがこのブロードウェイ・ミュージカルのすべての曲を覚え、正しいアクセントで歌うだけでなく、完璧なピッチで歌っているのを聴いて唖然とした。<br />
彼は6歳だった。<br />
「この時、私たちは、この子に天賦の才があることを認識した」とジムは言う。「これについては疑問の余地はない。彼には才能がある。」</p>
<p>デヴィッドの才能は、その血筋から来ている。ジムは、ユタ大学在学中にお金を稼ぐためにカルテットで歌っていた。ジムの最初の妻であるクラウディア（デヴィッドの祖母）は歌手であり、野心的な女優であった（彼らは離婚し、彼女はその6年後に亡くなった）。<br />
デヴィッドの父ジェフは「Music Man」や「Peanuts」のPromised Valley Playhouseプロダクションで舞台俳優をし、またLDS教会のTVコマーシャルにも出演していた。彼はBYU(*)で全国的に有名なジャズグループ「Synthesis」のトランペット奏者でもあり、音楽で身を立てたいと考えていた。</p>
<p>「私が、彼にやめろと言ったんだ」とジムが言う。「私にはそれが彼と彼の家族にとって良い職業であるとは思えなかった。だから彼に『それは趣味に留めて置け。そうすれば家族と一緒に家に居ることができるじゃないか』と言ったんだ」<br />
ジェフは、電気機器とコンピュータの販売をしているのだが、トランペットの演奏は続け、自ら曲も作っている。</p>
<p>ジムは、デヴィッドの才能の多くはデヴィッドの母、ルーペから来ていると思っている。彼女は生国のホンジュラスでLDS教会に入信した後にアメリカに移住してきた。フィラデルフィアでスペイン語による教会のミッションに従事した後に、ジェフはルーペと出会った。その時、ジェフはフロリダで夏のアルバイトで断熱材のセールスをしていたのである。そして2人は結婚した。</p>
<p>ルーペは歌手であり、サルサのダンサーでもある。彼女はその両方の情熱を5人の子供達（クラウディア、デヴィッド、ダニエル、メリッサ、アンバー）に伝えている。彼等は教会のクラブ、キワニス・クラブ（**）、ボーイスカウト、家族が集まったときやパーティなどで、歌ったり踊ったりしていた。</p>
<p>上から二番目の子であるデヴィッドは、BYUの女性会議で父の曲のうち1曲を歌ったことがある。ユタの共和党Sen. Orrin Hatch氏の政治的会合で歌ったこともある。デヴィッドは時間があると、自分の好きな歌手（ナターシャ・バディングフィールド、ナタリー・コール、セリーヌ・デュオン、マライア・キャリー、マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、ブライアン・アダムズ、カーク・フランクリン）のレコードを聞いていた。</p>
<p>デヴィッドが全国デビューしたのは10歳の時である。「Jenny Jones Show」ではマイノリティのパフォーマーを探していた。友人がアーチュレッタ家に電話してきてそのことを告げ、結果的にデヴィッドが選ばれ、そのショーでパフォーマンスを披露した。</p>
<p>その2年後、デヴィッドは「スター・サーチ」に、全く偶然に出演することになった。彼の叔母のCharには音楽業界で働くボーイフレンドがいた。彼が有名なボイス・コーチであるセス・リッグス（Seth Riggs）とミーティングしていた時に、リッグスが、歌を教える時に使うコンピュータソフトウエアのプログラミングができる人がいなくて困っているという話をした。ボーイフレンドはコンピュータに詳しいジェフを推薦した。ジェフはカルフォルニアに飛んで、プログラムをインストールし、それから世間話で自分の息子が歌手だという話をした。リッグスは、彼の歌を聴いてみたいと言った。デヴィッドは、当時11歳だったが、リッグスのために歌い、リッグスは感銘を受け、短期間ではあったがデヴィッドを教えた。そして、ソルトレーク在住のボイス・コーチDean Kaelinのコーチを受けるように勧めた。</p>
<p>もう一つの運命のいたずらは、120人ものグラミー受賞者をコーチしたリッグスが、「スター・サーチ」のボーカル・コーチだったことである。デヴィッドはこの番組に参加しただけでなく、優勝までしてしまった。</p>
<p>「デヴィッドの人生の中では、音楽がすべてなんだよ」とジムは言う。「彼はスポーツに熱中したこともないし。いつも音楽に集中している。彼が優れたパフォーマーである理由は、彼が音楽に対してとても感受性が強くて、そしてそれを自分の音楽の中で伝えることができるところにある。」</p>
<p>デヴィッドは、TV画面を通じてさえその確かな優しさと善良さがにじみ出ているが、祖父に言わせれば「ただ感受性の強い、良い子供」であるらしい。ジムは、デヴィッドはいつもオールAの生徒で、自分の成績に「かなり執着している」と教えてくれた。彼は、かつて自分の成績に1個Aマイナスがあった時にひどく落胆した、とも。</p>
<p>デヴィッドは、定期的なボイス・レッスンに加えて、余暇を曲作りや、ピアノやギターを弾いて過ごす。デヴィッドはいつも、大学に行って教会のミッションに従事するプランを描いていた。彼の「スター・サーチ」の賞金はこれらの費用を賄うのに投資されてきた。しかし、「アメリカン・アイドル」での成功とレコード会社からのオファーによって、この計画が変更される可能性がある。<br />
ジムが言うには、「デヴィッドが大学に行く件についてジェフと話したんだが、ジェフは彼に大学に行く余裕ができるかどうかはわからない、彼は歌うことで大金を稼げるだろうし、多分歌を手放すことはできないんじゃないかな、って言ってたよ。」</p>
<p>今、「アメリカン・アイドル」が放送される夜には、ジムと妻のキャロルはTVの前に座ってデヴィッドを見ている。アメリカの他の多くの人たちと同様に、コンテスタント達のパフォーマンスへの批評を大声で言い合いながら。<br />
「とっても素晴らしい時間を過ごさせてもらってるよ」とジムは言う。「デヴィッドは私たちの人生に何年にも渡って多くの喜びを与えてくれている。」</p>
<p>(*)BYU（BYU &#8211; Brigham Young University）：アメリカ、ユタ州にあるノンプロ（非営利目的）総合大学。末日聖徒イエスキリスト教会によるミッション系の大学で、酒タバコ麻薬、結婚外の男女関係が禁じられている、アメリカ1 堅物の多い大学と評価されている。<br />
(**)キワニスクラブ：アメリカに本部を置く、奉仕活動を行う民間の団体。ライオンズクラブやロータリークラブなどと同じ。</p>
<p>******************************</p>
<p>ひゃ～。こんなに長くなるとは思わなかった～（相変わらずヨミが甘い）。しかも文字だらけ。　最後まで読んだあなたは、偉い！！</p>
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