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■ 2004年8月21日のチャット

前回のチャットから、約1ヶ月後です。

このチャットには、計10名がハンドルネームで参加しています。

本名がわかる人については、本名で訳しています。

◎チャット参加者&ハンドルネーム

① Basketballvanessa87(バネッサ) ※デヴィッドのいとこ
② Davidarchuleta_singing(デヴィッド)
③ Jillywilly0020
④ Jspiritman (ジョンE)
⑤ Mcsexi (クリスティーナ)
⑥ Miamidade5000
⑦ Musichic89 (クラウディア ※ベッキーの場合あり)
⑧ Ninabeana2003
⑨ Shaun1440(ショーン)
⑩ TweetysPal1(トッド)

開始時間:2004年8月21日 午後8:00(フロリダ) ユタは午後6:00

チャット開始時点の参加者: ジョンE, クリスティーナ、クラウデイア、トッド

(デヴィッド・アーチュレッタがここから参加)
ジョンE: やあ、デヴィッド。
トッド: やあ、デヴィッド。.
クリスティーナ:ハイ、デヴィッド。クリスティーナよ。
ジョンE:ジョンEだ。.
ジョンE:デヴィッド、君のCDはどんな具合だい?
(ここで、デヴィッドが退出)
(shaun1440が参加)
(この時点でデヴィッドのコンピュータに不具合が生じ、回答できなくなった。そこで、クラウディアがデヴィッドがチャットを続けられるようにコンピュータを直そうとしている。)
クラウディア:ねえみんな、しばらくはデヴィッドが私のハンドルネームで参加するわ。コンピュータが直らないかもしれないから。じゃ、今から彼にかわるわよ。
トッド: Yay!
クラウディア(実際はデヴィッド):やあ、みんな!
ジョンE:やあ、デヴィッド、ジョンEだ。
クラウディア(実際はデヴィッド):やあ、ジョン。.
トッド:やあ、デヴィッド(笑)
ショーン:やあ、デヴィッド
クリスティーナ:ハイ、デヴィッド。クリスティーナよ。
クラウディア(実際はデヴィッド):やあ。
ジョンE:君のCDはどんな具合だい?
クラウディア(実際はデヴィッド):うん、最近はレコーディングできてないんだ。
ジョンE:何事も上手くいくといいけどな。
クリスティーナ:私のコレクションにデヴィッドのCDがあったら、かっこいいと思うわ。

クラウディア(実際はデヴィッド):お父さんがここのところずっと本当に忙しいんだ。
ジョンE:そうか。
トッド:君のデモCDはどうなってるんだい?あれをいつかリリースする予定はないのかい?
クラウディア(実際はデヴィッド):ぼくのデモCD?
トッド: davidarchuleta.netにある完全版のソングクリップのことだよ。.
クラウディア(実際はデヴィッド):ああ、あれは僕の声がどんな感じかを人に知ってもらうための単なるデモだよ。
トッド:ピアノのレッスンの方はどうだい?
クラウディア(実際はデヴィッド):休暇でオレゴンとワシントンに行っていたから、数週間練習してないんだ。
クリスティーナ:TVに出演する予定とかはないの、デヴィッド?
クラウディア(実際はデヴィッド):そうだね。先週はThe Very Best of Utahってコンペで共同MCをやったけど。でもTVの出演はないな。
トッド:MCの仕事はどうだった?
クラウディア(実際はデヴィッド):ランダムなことを話して、あとは出演者を紹介するだけだったから。 .
クリスティーナ:みんな、最近何か映画観た?
トッド:僕は今日DVDで “Paul the Apostle”(使徒パウロ) を観たよ。
ジョンE:ディズニーの “Tiger Cruise” はとても良かった。
クラウディア(実際はデヴィッド): ぼくはどっちもまだ見てない。
トッド: デヴィッド、新しいディズニーの映画の「Sky High」って聞いたことある?
クラウディア(実際はデヴィッド): ないと思うけど。
ジョンE: “Tiger Cruise”っていうのは9・11にインスパイアされた映画なんだ。
クラウディア(実際はデヴィッド):それは聞いたことがある。
クラウディア(実際はデヴィッド):「Sky High」
(jillywilly0020が参加)
jillywilly0020:やあ、みんな!
tweetyspal89: あなたの曲“Dream Sky High” を提供しようか考えてみたら?
クラウディア(実際はデヴィッド): “Sky High?”ってどんな話なの?
jillywilly0020: デヴィッドのCDはいつ発売になるの?
トッド: “Sky High”は、10代のスーパーヒーロー達の話よ。
クリスティーナ: “Sky High”って面白そうね。
クラウディア(実際はデヴィッド):僕は、それにはふさわしくないと思う。
jillywilly0020:私は  “A Moment Like This”を全曲聴きたいわ。
トッド:いつから学校に戻るんだい?
クラウディア(実際はデヴィッド): 8月30日から学校に行くよ。
ジョンE: その映画にはBilly Gilmanの “There is a Hero”が使用される予定だよ。
jillywilly0020:どの映画?
クラウディア(実際はデヴィッド):あの曲は、ちょっと古するぎるから。
クリスティーナ:デヴィッド、あたながデュエットしたい未契約の若い歌手って誰?
jillywilly0020:何の映画について話してるの?
ジョンE: “Sky High.”
クラウディア(実際はデヴィッド):う~ん。
ジョンE:まだ公開されていなよ。
クラウディア(実際はデヴィッド):たぶん、Spensha Bakerかな。
トッド:ああ、彼女はいいね。
ショーン:未契約の若い歌手についてはどう?まだレコード契約してないような。
ジョンE:ショーン、だよな?
ショーン: あらあ、ありがとう。
ジョンE: デヴィッド、学校に行くのは楽しみかい?
クラウディア(実際はデヴィッド):うん。
(ここでクラウディアがデヴィッドのハンドル名で参加)
デヴィッド(実際はクラウディア):みんな、クラウディアよ。
クリスティーナ:わあ、何か変な感じ。
デヴィッド(実際はクラウディア):もう一つのコンピュータも動いたわ。
トッド:それは良かった。
ショーン: デヴィッドはデヴィッドに戻って、じゃクラウディアは・・?
クラウディア: わたしよ!
トッド:よし!
クリスティーナ:デヴィッド、やっと自分に戻った感じがする?
ジョンE:(笑)!
デヴィッド: うん!
クラウディア:へへへっ。
トッド:デヴィッド、君がColorado State Fairに出演するのはいつだい?
デヴィッド:9月4日だったと思う。
クリスティーナ:デヴィッド、いつMotownに行く予定なの?
デヴィッド:わからない。
クラウディア:みんないったいいくつなの?年齢を言いたくなければ別に構わないけど。

ショーン:15よ。
クラウディア:いいわね。15歳がもう一人いたわ。
ジョンE:もうすぐ 45だな。
クリスティーナ:私は 24歳になったばかりよ。
デヴィッド: 13。
ショーン:うわあ、ばらばらね。
クリスティーナ:そうね、デヴィッドはあらゆる年齢の人に好かれるって言えるわね。

ショーン:ファン層が広いわね、デヴィッド。良かったじゃない。
クリスティーナ:デヴィッド、あなたの歌のテクニックって何?例えば声をフレッシュに保つためにウォーム・アップしたらり、ある種の飲料を飲んだりとか。
デヴィッド:僕はリップロール、巻き舌、セス・リグ方式をやって、あと水を飲む。
ショーン:それ、効果的なんでしょうね。あなたとっても素晴らしい声をしてるんですもの。
トッド:僕も君のように歌いえたらなあ。
デヴィッド:あはは!
ジョンE:僕の場合は、歌えたらなあ、以上。.
ショーン:あなたはきっと、お姉ちゃんに怒鳴っている時でさえきっといい声だろうと思うわ。
デヴィッド: ありがとう。
デヴィッド:でも実際には怒鳴れないよ。
クリスティーナ:そうね、怒鳴ったら声が台無しになっちゃうもの。
ジョンE:デヴィッドが誰かに怒鳴るなんて想像もできないね。
デヴィッド: 声帯麻痺を持ってると本当に大変なんだよ。
ショーン: 誰が声帯麻痺なの?
クラウディア:デヴィッドよ。
トッド:治療は役にたってるのかい?
クリスティーナ:どうして声帯麻痺が起きたの?
ショーン:それは大変だったわね、私、知らなかったわ。
ジョンE:ほんとうに、僕も君が声帯麻痺を患ってたなんて知らなかったよ。
デヴィッド:ちょうとスターサーチで優勝した夜に病気になって吐いて、それから1ヶ月ほど気管支炎にかかって。.
ジョンE:うわあ。
ショーン:うわっ。それって随分前のこと?
クリスティーナ:どれ位ひどかったの?
デヴィッド:それで医師(せんせい)達が、彼らはバーバラ・ストライザンドの医師たちだったんだけど、多分ウイルスが入ったんだろうって。
ショーン:それで、予後はどうなの?歌は歌えるの?
クリスティーナ:ねえ、デヴィッド。ブラボーが司会の “Show Biz Moms and Dads”ってTV番組みたことある?
デヴィッド:うん、あるよ。
クリスティーナ:どう思う?
ジョンE:デヴィッド、歌うのに問題があるのかい?
デヴィッド:僕は “Show Biz Moms and Dads” は変な番組(funny)だと思ったけど。
(バネッサが参加)
デヴィッド: 今もとっても大変なんだけど、でも頭を右に向けると随分高い音まで出せるんだ。
バネッサ: こんにちは!
クラウディア:こんにちは、バネッサ!
デヴィッド: やあ。
デヴィッド:バネッサはぼくのいとこなんだ。みんな。
ジョンE:それはいいね。.
トッド:やあ、バネッサ。
バネッサ:こんにちは、みさなん。私はデヴィッドのいとこで、フロリダからよ。
クリスティーナ:こんにちは、バネッサ。お会いできて嬉しいわ。私はクリスティーナ。
バネッサ:みんさん、よろしく。わあデヴィッド、会いたかったわ。元気?
デヴィッド: 元気だよ。
バネッサ: 愛してるわ、デヴィッド。みんなも元気?
クラウディア(実際はベッキー):クラウディアじゃないわよ。今はベッキー。デヴィッドの友人よ。
デヴィッド: 僕の友達が姉の名前を使ってるんだ。
(ninabean2003 が参加)
ninabean2003: こんにちは。
デヴィッド: やあ、ninabeana.
バネッサ: ベッキーって誰?
クラウディア(実はベッキー):デヴィッドの昔の家の向かいに住んでたのよ。覚えてる?
デヴィッド:君がこっちに来た時に、彼女は何回か遊びにきていたんだけど、覚えてるかな。
デヴィッド:誰かアメリカン・アイドル見た?僕はジェニファ・ハドソンが好きなんだけど。
トッド:僕もジェニファが好きだな。
クリスティーナ:私はああいう番組は見ないのよね。
デヴィッド: ジェニファは、ほとんどどの歌でも素晴らしかったよ。
クリスティーナ:でも、すべてのオーディションは見たわ。
デヴィッド: 見ないの?クリスティーナ。
デヴィッド: ジェニファは素晴らしいよ。
デヴィッド:僕の好きな3名の歌手は、ナタリー・コール、ジェニファ・ハドソン、それにカレン・クラーク・シェアードだよ。
デヴィッド: みんな、チェックしてみてよ。
トッド:カレン・クラーク・シェアードって聞いたことないな。
デヴィッド: 絶対聴いてみるべきだよ。
トッド:彼女、ウエブサイト持ってる?聴いてみたいな。
デヴィッド:彼女はゴスペル/クリスチャン、R&B歌手だよ。
デヴィッド:さあ、みんなサポートありがとう。もうすぐ行かなきゃ。発声練習しないといけないから。
ジョンE:デヴィッド、気をつけてね。声帯麻痺が治癒することを祈ってるよ。
ショーン:チャットありがとう。
デヴィッド:みんな、ありがとう!
トッド:デヴィッド、参加してくれてありがとう。
デヴィッド: どういたしまして。
クラウディア: 私も行かなきゃ。みんなまた後で。
トッド:バイ、クラウディア
クリスティーナ:おやすみクラウディア、デヴィッド。
クラウディア: またね。
ジョンE:クラウディアも気をつけて。
トッド:みんな、デヴィッドのサポートに参加してくれてありがとう。みんなでデヴィッドとクラウディアと話せてよかったよ。また次回!

***************

まずは、最後までこのチャットを読んだあなたは、えらい!です。

随所でもう少しその話続けてよ~と言いたくなるけど、まあ、しかたないですね。

前回同様、このチャットに原文をつけるととてつもなく長くなるので、原文が欲しい方はこちらにメールください。

ふむ、どうやらデヴィッドはユタに来てから一度引越しをしているようですね~(さすが、Marshaさんです。)

ほかにもよく読むとつっこみどころ満載ですよ~。

さあ、残すはあと1つのチャットです。読みたい?

そのためには、まずはToddさんに送ってもらわないとね~(笑)。

なんと、とっても親切なToddさんが、オフィシャルサイトでは見れない13歳のデヴィッドとの「チャット」内容を公開してくださいました~!(ぱちぱちぱち)。

で、このチャットの内容が前に紹介したページの内容とリンクするもんですからね。今のデヴィッドに至るまでの軌跡に興味がある方はぜひどうぞ。

ポップコンサート♪♪

■ 2004年7月25日のチャット

このチャットには、計5名がハンドルネームで参加しています。

◎チャット参加者&ハンドルネーム

①davidarchuleta_singing (David)
②polux_tds (Maite)
③musicchic89 (Claudia)
④tweetyspal1 (Todd)
⑤Studiouk2002 (Wolfe)

※チャットはハンドルネームで行われていますが、わかりにくいので訳文では本名にしてあります。でも、↑デヴィッドのハンドルネームって、そのまんま・・。

メイト:私は南仏の、国際映画祭で有名なカンヌの近くからよ。
(ここでデヴィッドが参加)
トッド:やあ、デヴィッド
メイト:ハイ!
デヴィッド:やあ、デヴィッドだよ。
トッド:デヴィッド、来てくれてありがとう。
(ここでウォルフが参加)
トッド:やあ、ウォルフ
メイト:ありがとう、デヴィッド
トッド:みんな、ウォルフは「Young Voices of the World」ってウエブサイトを運営してるんだ。
デヴィッド:へえ。
ウォルフ:ああ、僕はいま全ページのすべての歌手と俳優にリンクを貼ってるところなんだ。
トッド:デヴィッド、メイトはフランス語で君のファンサイトを作ってる女の子だよ。
トッド:Poluxっていうのがメイトだ。
デヴィッド:OK
デヴィッド:うん、知ってるよ。
トッド:で、何かニュースはあるかい?またどこかに出演するとか?
トッド:最近、ずっと忙しそうじゃないか。
デヴィッド:そうだね。土曜日にはユタのタレント・コンペで審査員をしたんだ。それにポップコンサートはとっても面白かった。
トッド:コンペでは今年は誰が優勝したんだい。
デヴィッド:3つのグループだよ。
ウォルフ:ああ、そういうふうに聞いてるよ。君達はみんな、どこか同じ場所にいるの?
トッド:いや、時間帯が違うところにいるんだよ。
トッド:ぼくのいるフロリダはいま午後8:26だ。
ウォルフ:OK
メイト:ここは午前2:20よ。
デヴィッド:アダルト部門ではデュエットをした2名が優勝したよ。
ウォルフ:ここは午前1:20だ。
デヴィッド:ここは午後6:20だよ。
トッド:審査員をやるのは楽しかったかい?
デヴィッド:うん、とっても面白かった。
メイト:あはは、わかるような気がするわ。
デヴィッド:審査方法はね、10点から100点の点数をつけるんだ。
ウォルフ:かっこいいね。面白そうだ。
デヴィッド:僕がつけた最低点は30点で、おふざけで出場していた男性につけたんだ。
クラウディア:あら、デヴィッド(サラ)
ウォルフ:ふーん。何点かあげるっていうのはいいことだよ。
デヴィッド:最高点は100点で、14歳のドラマーの少年につけたんだ。
デヴィッド:やあ、サラ
クラウディア:彼はホットだったわ。
トッド:やあ、クラウディア。
ウォルフ:クールだった。
クラウディア:ほんと。
クラウディア:元気かい、弟よ。
デヴィッド:彼はたった2年間しかドラムを練習していないのに信じられないよ。
クラウディア:あら、3年間だったと思ったけど。
デヴィッド:彼はジュニア部門で優勝したんだ。
クラウディア:デヴィッド、横にママいるの?
トッド:デヴィッド、君はタレントショーに出場する権利があったの?
デヴィッド:僕は審査員をしなきゃならなかったから。
デヴィッド:それに僕は2001年のコンペで優勝したし。
クラウディア:デヴィッド、ママに11:30くらいまで帰れないって言っといてくれる?
ウォルフ:ベルギー出身の少年と同じみたいだな。彼は確かユーロビジョン03にいたと思うよ。ドラマーで上手だった。そんなに長い間は演奏しなかったけど。
デヴィッド:僕は、Colorado State Fairに出演してくれないかって頼まれたよ。
クラウディア:ママに言っといてね、いい?もう行かなきゃ。また後でね。
トッド:バイ、クラウディア
デヴィッド:それに8月13日はユタの別のコンペでMCをやる予定だよ。
トッド:Abravanel Hallでの経験はどうだった?フルオーケストラとコーラスとの共演なんて信じられなかったんじゃないのかい?
デヴィッド:ああ、とっても。本当に素晴らしかった。
メイト:デヴィッド、あなたのウエブサイト気に入ってる?
デヴィッド:うん。
デヴィッド:全部。
メイト:ばかな質問だったわね。私っていつもばかな質問ばかり。
デヴィッド:問題ないよ。僕なんて愚かな質問ばっかりしてるよ。
メイト:あなたはとても歌が上手くてファンもいるから、親戚や友達なんかが嫉妬したりしない?
ウォルフ:僕のはまだ見てくれてないかい?
デヴィッド:嫉妬してもう一緒に遊ばなくなった友人も何人かいるよ。
デヴィッド:前は僕にはとっても失礼な態度(rude)だったのに、今や学校にいったら隣にきて座ってずっと僕に話しかけてくる人もいるし。
メイト:デヴィッド、みんなあなたにいつも歌ってくれっていうの?
トッド:今年は、公立学校に戻るのかい?
デヴィッド:うん、今年は学校に行くつもりだよ。
デヴィッド:やっと時間ができたからね。
メイト:彼らはあなたがちょっと有名になったからってだけで、親友になりたがるの?
メイト:他の若い歌手についてはどう思う?
デヴィッド:え、それってどういう意味?
トッド:どんな歌手が好きなんだい?
デヴィッド:僕が好きなのはナタリー・コール、カーク・フランクリン、カレン・クラーク・シェアード、他にもたくさん。
ウォルフ:もっと時代について行くようにしなきゃ。ジョー・ピアソンとか。彼、聴いたことあるかい?
デヴィッド:彼はスター・サーチのシーズン1のオーディションで僕と一緒にいたよ。僕達は同時に進んだんだ。
ウォルフ:そうだったな。忘れてた。あれは楽しかったかい?
トッド:写真を見るとオーケストラと一緒のステージでとっても自信に溢れているように見えるね。いつかはこんな道を追求してみたいを思ってるのかい?
デヴィッド:僕はいつも成長したいし、一生を通じて歌い続けていきたいと思ってるよ。
ウォルフ:いいね!
トッド:Colorado State Fairに出演するのはいつだい?
デヴィッド:確か9月だったと思うけど。確かじゃない。
メイト:デヴィッド、大人になるのが嫌じゃない?声変わりもあるし。
デヴィッド:声変わりに関してはちょっと神経質になってるけど、でも同時にとても興奮してるよ。
メイト:分かる気がするわ。
デヴィッド:僕は自分の声変わりに思い悩む必要はないと思ってる。声変わりが起きるたびにいつでもそれに慣れていくことができるから。
トッド:いつも、パフォーマンスの場をどうやって見つけるんだい?
デヴィッド:だいたいは、出演を依頼されるんだよ。
ウォルフ:楽しいチャットだったよ。みんなの話を聞いてるだけで楽しかった。でも僕はもっと努力しなきゃ。
デヴィッド:OK。話せて楽しかったよ。
ウォルフ:もう行かなきゃ。少しは寝ないとね。
トッド:参加してくれてありがとう。ウォルフ
ウォルフ:オーケー
ミント:バイバイ
トッド:ウォルフはイギリスに住んでるんだと思うけど。
ウォルフ:そうだよ。
デヴィッド:クールだね。
トッド:デヴィッド、最近はどんな曲を歌ってるんだい?まだ「イマジン」歌ってる?
デヴィッド:「イマジン」もまだ歌ってるよ。でももっと他の曲も歌ってる。
デヴィッド:ああ、もう行かなきゃ。今日はユタの祭日だから家族と一緒なんだ。
トッド:参加してくれてありがとう、デヴィッド。
デヴィッド:みんなと話が出来てよかったよ。
メイト:ありがとう。会えてよかったわ。
デヴィッド:また次のチャットでね。

***************

一見なんてことのない普通のチャットのようですが、アメリカ、イギリス、フランスと3カ国にまたがってチャットしてるしー。しかも、この頃からフランスにデヴィッドのサイトを開いているファンがいたとは!

このチャット、原文をつけるととてつもなく長くなるので、原文が欲しい方はこちらにメールください。

なお、Toddさんはこのほかにも2つほどデヴィッドとのチャットの記録をお持ちだそうです。したがって(それを当てにして)タイトルをチャットNo.1にしました。でもね、あとの2つが入手できるかどうかは、みなさまからの暖かいメッセージ&コメントしだいかも? よろしく~。

◆◇◆◇◆◇◆◇

■Davidの知人、Toddさんのブログ記事

01
私が初めて個人的にデヴィッドとその家族に会ったのは、2004年の5月のことだった。その時、私はフロリダ州のウエリントンでBoys & Girls Club(少年・少女ケア施設)のソーシャル・レクリエーション・ディレクターをしていた。そこはウエスト・パーム・ビーチの西南にある小さな乗馬コミュニティーだった。その日は「終業式」パーティで、デヴィッドとその家族は来賓として招かれていた。アーチュレッタ一家が到着した頃には既に建物の中に約100人の小学生が集まっていて、さらに学校からバスが刻々と到着していた。旅に疲れた家族が到着した時、私が雇ったDJは、ちょうどケリー・クラークソンの「A Moment Like This」を流していた。

ピザが早く届けられたので、おなかをすかせた子供達に先に食べてもらうことに決めた。デヴィッドは、ピザの給仕を手伝ってもいいかと聞いて、カウンターの裏に入ってカウンセラーを手伝い始めた。

02

それが終わると、アーチュレッタ家族はようやく座ってピザを食べることができた。うまい!

03
食事が終わり、DJが音楽を流してみんなを楽しませはじめると、Lupeとデヴィッドがダンスを踊リ出した。

04

みんな楽しんでいた。Lupeがマイクを握ると子供達がわくわくしはじめ(デヴィッドはContigo en la Distanciaを歌おうとはしなかったけどね)、彼女はコンガを歌ってクラブを楽しませた。

05

祭りもたけなわになってきた頃、女学生のダンス・チームが到着し、舞台のそでで、舞台衣装のかっこいい新しいDA Tシャツが配られるの待っていた。

06

彼女達は、数週間に渡ってデヴィッドの「Don’t Tell Me」のデモにあわせて振り付けを練習してきたのだ。緊張はしていたが、披露するのが待ちきれないようだった。

07
デヴィッドはこのパフォーマンスを楽しんでいるようだった。でもクラウディアは少し、そうだな、注意散漫だった。

08

そしてとうとう、待ちに待った瞬間がやってきた。デヴィッドが歌うときだ。彼は、用意してきた曲、4年後に彼を世間に大きく知らしめたあの曲、ジョン・レノンのイマジンを歌った。

09

子供達のほとんどはこの曲を知らなかったが、デヴィッドの声の清らかさは信じられないものだった。子供達は、最初はすすり泣き、それから静かになり、そして称賛の嵐になった。これらすべてがまさに一瞬のうちに起きた。
デヴィッドがパフォーマンスを終えてマイクから離れて歩き出すと、たちまち10代とまだ10歳に満たない称賛者たちに取り囲まれた。両親が子供達を写真撮影のポジション押し込むと、彼は神経質そうににこっと笑った。
最後に、彼はテーブルに座り、私は子供達をサイン待ちの列に並ばせた。

10

デヴィッドとその家族は、それから数時間ほど野球をしたりして楽しんでいた。デヴィッドは、カウンセラーたちがパーティの後片付けをするのを手伝い、ゴミ箱を運び出し、ピザの空箱をゴミ収集箱に入れる手伝いまでしてくれた。

Boys & Girls Clubの上に日が落ちる頃、アーチュレッタ一家は帰路に着いた。

今まで歩んできた道がどのようなものだったかを振り返って。

11

「Toddへ。僕をサポートしてくれて、Clubに招待してくれてありがとう!」

David Archuleta (ぶたさんマーク??)

***************************

この右端の方がそのToddさんです。

david-archuleta-boys-girls-club

で、この方が今何をしているかというと、ティーンエージャーを数名従えて、デヴィッド応援サイトDavid Archuleta Fan Scene を運営していらっしゃいます。

その前は、デヴィッドがこれほど有名になる前のデヴィッドのウエブサイト「Official Street Team」を2004年から運営していたようです。

このサイトは今はもう存在していません(ぐっすん)。でもサイトの表紙のページだけ見れます。結構いいのよ。↓

streetteamscreencapture

********************

こういった催しへの参加が、LDS教会のミッションなのか、ボランティアなのか、はたまた営業活動の一環なのかはよくわかりません。 David Archuleta Tシャツは何となく自腹で用意していったように思われますが・・ね?

ママもお姉ちゃんも妹もこのTシャツ着てるのに、やっぱり本人は着ないのね。それとも女物限定でつくったのかな?

◇◆◇◆◇◆◇◆

デヴィッドのスター・サーチの2年目(2004年初頭)のパフォーマンスがあまりに苦しそうで見ていられなかったのと、デヴィッドがいつから声帯麻痺に苦しんでいたのか、みなさん気になっているみたいなので、ちょっと調べてみました。

デヴィッドの昔のオフィシャルサイトは、昨日紹介したスター・サーチ優勝時の日記で終わっているのですが、実はそこに付属されているメッセージ・ボードが、2005年3月まで使用されてるんです。

そしてなんと、その中の、削除されていないメッセージの中で、ルーペママがファンからの質問への回答の中で答えを出してくれていました。

以下がそのQ&Aです。

質問者:カミ・マシアス
日付:2004/6/16

私は、あなたの息子のデヴィッドはエルトン・ジョン以来の最大の天才だと思っているんです。でも、ケビン・フランシスともう一人の女の子に負けた日のデヴィッドには、まったく感銘を受けませんでした。

デヴィッドに何があったんでしょう?なんで彼はあんなに弱々しかったんですか?あの日でなければ彼がケヴィン・フランシスなんて打ち負かしていたと思うんです。神にかけて、この世の誰がケビンの方がデヴィッドよりも優れていると思うでしょう?でもあの日のデヴィッドなら、誰だってデヴィッドに勝てたでしょう。病気だったんでしょうか?

あの日の彼のパフォーマンスはひどかった。最悪でした。デヴィッドの良さが全くなくて、とっても下手でした。すいません、こんなこと言って。でも、私は彼の大ファンなんです。大ファン。

彼が戻ってくることを希望しています。彼はすごいやつだしハンサムだし。私は彼が青いシャツとスーツをきている写真が大好きです。元に戻ることを祈っています。

回答者:ルーペ・アーチュレッタ
日付:2004/6/16

カミ、
ええ。デヴィッドは病気だったの。私たちは彼を咽喉科の専門医に診てもらって、彼の声帯の片側が弱っていることがわかったの。それで声帯の治療と休養が必要だって言われたわ。

ウイニングサークル(にいる過去の優勝者達)に挑戦する子供達は、ドレス・リハーサルで彼らの歌を聴くの。それでデヴィッドが病気だって知って、だから毎週デヴィッドが選ばれたのよ。あの状態のデヴィッドなら、多分ウイリアム・ハングでさえ彼に勝つことができたでしょうね。

私たちにとって、自分の息子が最悪の状態で最善を尽くしているのを見るのはとってもつらかったわ。でも、コンペティションに参加する時に病気になるってことは誰も予定してないし、残念ながら、私たちの場合はそうなってしまったってわけ。デヴィッドの声にやさしい歌を選んで、後はできるだけ休ませたの。それが事実。

そうそう、デヴィッドは7月に開かれるタレント・コンペで審査員をするのよ。これは、2001年にデヴィッドが生まれて初めてコンペに出場して優勝した、あのタレント・コンペと同じなの!

**************************

やっぱり、2年目のスター・サーチの時には、デヴィッドは声帯麻痺で苦しんでいたんですね。

毎週、毎週デヴィッドばかりが歌っているのを大変不思議に思ってましたが、挑戦者が相手を選択していたとは!なんてシステムだ(怒)。

しかし、勝つためとはいえ、子供なのに結構やることがえぐいわね~。

ちなみに、ルペママの↑の回答の後のデヴィッドは、むしろ快方に向かったようです。

メッセージ・ボードには、2004~2005.3の間のデヴィッドのメッセージがいくつか残っているので、次はそれを紹介しますね♪

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

デヴィッドが2004年の13歳の時に旧オフィシャルサイトのメッセージボードに残したファンへのメッセージとQ&Aです。内容はとってもランダムですが、へぇこの頃だったんだ、そうだったんだ、と改めて知る事実もありますので、読んでみてくださいね♪

※単純に時系列で古い順に並べてあります。
※基本的にはデヴィッドだけを、というつもりでしたが、他にも面白い内容があったので、一緒に紹介しています。

デヴィッド・アーチュレッタ(母の日によせて) 日付:2004/5/9

母の日おめでとうママ。今日が良い日でありますように!いつもいてくれて、僕たちを気にかけてくれてありがとう。とっても愛してるよ。

クラウディア・アーチュレッタ(母の日によせて) 日付:2004/5/9

やっほーママ。母の日おめでとう!!ママが私にしてくれたことすべてに感謝してるわ。私がときどきママに苦痛を与えてるってことはわかってるけど、いつも愛してくれて、私に諦めないでくれてありがとう。ママが私のママでよかったわ。それに素敵なパパと一緒に私を娘に選んでくれて嬉しいわ。ママ、とっても愛してるわ。

ガブリエルの質問 日付:2004/5/14

こんにちは、デヴィッド。質問があるの。スペイン語で歌える?歌えるんだったらスペイン語のCDを出すって考えたことある? あともう一つ質問。セレナについて聞いたことある? 質問に答えてくれると嬉しいな。体に気をつけていい仕事をしてください。あ、でも学校も忘れないでね。

デヴィッド・アーチュレッタの回答 日付:2004/5/14

やあ、ガブリエル。僕は実際にスペイン語で歌ってるよ。ホンジュラスでスペイン語の曲を3曲歌ってる。それと、もちろんセレナは知ってるよ。ママが彼女が亡くなるまでずっとセレナを聞いていたから。質問ありがとう。僕は明日フロリダに向けて出発だ。

ルーペ・アーチュレッタ 日付:2004/6/30

昨日、デヴィッドがコーラスとオーケストラと一緒に “Dream Sky High”の最初のリハーサルをしたの。まるで映画のサウンドトラックみたいで、あまりにも音が美しくって驚いたわ。音楽ディレクターがデヴィッドを暖かく迎えてくれて、みんな喝采してくれた。私の13歳のぼうやがこんなに素晴らしい人々やミュージシャンの間に立っているなんて信じられない!
私は昨日の夜、彼にあなたの声が本当に神様からの贈り物で、あなたの声はそれを聴いたすべての人の心を動かすんだって話をしたの。彼は、どんなに多くの人が彼の才能をたたえているかってことを認識してないと思うの。でも彼が大きくなって昔を思い出した時に、ようやく自分が何をしてきたかを認識すると思うわ。
今朝は、彼がTV番組の” Good Things Utah”に出演したの。面白かったわ。
今は、スター・サーチの友達にあるためにホテルに滞在中。「Stadium of Fire(※独立記念日を祝う催し)」のリハーサルをする予定なの。
みなさんのサポートに心から感謝します。みんな、素敵!
神の祝福がありますように。

ポップコンサート♪

ポップコンサート♪

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/7/6

やあ、みんな。Stadium of Fireがとっても面白かったことを知らせたくて。スター・サーチからビッキー、ナタリー、スペンシャ、ベイカー、それにケビン・フランシスが参加したんだ。あと、アメリカン・アイドルからはジョン・ピーターとカルメンが来てた。あとToday’s Show Superstarからジョディ・ストットっていう女の子、それにNext Big Starの優勝者のアリソンがいた。レベ・マッケンティも歌ったんだけど、僕は彼女には会えなかった。僕は”Get Here”とあとみんなと一緒に2曲のメロディを歌った。とっても素敵な時間を過ごせた。今はこの土曜日のポップ・コンサートのために準備中だ。いつも僕を支えてくれてありがとう!

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/7/15
やあ、みんな。ポップ・コンサートについて知らせたくて。コーラスとオーケストラ、それにディレクター(Sterling Poulsonだと思うけど)と一緒に歌ったのは素晴らしかったよ!ぼくは “Joyful Joyful”と”Down to the River to Pray”、オーケストラ用にアレンジした”Dream Sky High”それに”God Bless America”を歌ったんだ。
あと昨日はアメリカン・アイドルのコンサートに行った。前列の真中の席で、みんなとっても上手だった。この土曜日にはユタのタレント・コンペで審査員をやるんだ。きっと楽しいだろうな。みんなまだこのサイトにきてくれてありがとう!

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/10/3

クラウディア、御誕生日おめでとう!
15歳の誕生日が良き日でありますように!
それに、みんなの素晴らしいコメントにどんなに感謝しているかをみんなに知らせたくて。本当に多くの人が僕をささえてくれてるんだ。本当にありがとう!

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/10/21
先週の土曜日は面白かった。セリーヌ・ディオンのボイス・コーチが話をしたワークショップで歌ったんだ。のどやテクニックについてたくさん役に立つことを学んだよ。ありがとう、みんな。

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/11/24

やあ、みんな。しばらく連絡しなくてごめん。数週間前におばさんに会いにカリフォルニアに行ったんだ。
インクレディブルを観て、それから友達(バーバレラとジョン)の家に行ってバーバレラのママの90歳の誕生日を祝った。そこにはバーバラ・ストライザンドとジェームズ・ブローリンがいて、素晴らしいディナー・タイムを過ごした。今週からホーム・スクールを始めたので、もっと歌に時間をかけることができるんだ。それにソルトレーク市長がいる場でパフォーマンスもしたよ。みんな、いつもありがとう。

デヴィッド・アーチュレッタ 日付:2004/12/7

やあ、みんな。今僕がスカウト用のアルバムに取り組んでることを知らせておこうと思って。これは全国発売の予定なんだ。でもスカウト・ストアでしか販売されないんだけど。先週は2つのイベントで歌っていい時間を過ごすことができたと思う。1つのイベントでは何かのクラブとその会員のために5曲歌った。もう一つは僕らの教会で“I wonder as I wander”を歌った。あと「White Cloud Danios(アカヒレ)」って魚を買ったよ。また何か起きたら知らせるね。

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チチロー風のタイトルですが、中味はQ&Aです。ルーペママの子育て論が垣間見えます。ライコスにはママさんも大勢いらっしゃるようなので、私とは違う見方があるだろうな、と思い、紹介しちゃいます。

■ 質問者:タレント番組のファン
日付:2004年5月5日
ブラボーTVの「Show Biz Moms and Dads(ショービジネスのパパとママ)」で特集されていた家族を知っている人がいたとしたらごめんなさい。でも私は大いに意気消沈してしまったの。 私は「リアリティ番組」がいかに真実をねじまげるかは理解しているわ。でも「オプラ」のナッターさんを見た後じゃあ、私が「ショービジネスのパパとママ」で見たことこそが彼らの真実だって、確信を持って言えるわ。父親が子供にかける自分の夢についてどうしてあんなに饒舌に話すことができるのか、だれか説明してくれないかしら。子供達が彼から10フィートも離れていないところで泣いているっていうのによ!アフリカ系アメリカ人の母親を除いては、この番組に出演する親はみんな何にもわかってないどころじゃないわ! 何か意見ありませんか?

注記:上記のナッターさんの回の放送内容は2004年ということもあり、具体的にはわかりません。ただ、結構批判を浴びた回のようで、父親が我が子をショービズ界のスターにさせようとするあまり、子供にスパルタ教育を押付けている、という内容だったようです(で、子供が嫌がって泣いている)。こんな父親は言語道断という意見がいろんなブログに書かれていました。

■ 回答者:ルーペ・アーチュレッタ
日付:2004年5月5日

わお!
そうね、私はあの父親が、子供達に責任と一生懸命やるってことを教えているつもりだ、って言ったときには賛同したけど。

でもね、子供が子供であるのは一度っきりなのよ。これらのバランスをとろうとしたら、どうなるかしら?遊ぶ時間、歌やダンスの練習をする時間、隣人を助ける時間、いろんな時間があるわ。

デヴィッドは一生懸命やってるけど、私たちは彼が遊ぶことにも一生懸命になれるように、それに家族や友人と一緒に過ごしながらただ子供でいることができるようにしているつもりよ。彼は耳鼻咽喉科の医師にもなりたいって言ってるし、自然が好きだから獣医にもなりたいみたいだし。彼は人生の中でとっても多くのことを楽しんでいるわ。私たちは彼に、歌以外にも他のことを楽しんで欲しいって話しているの。

あのかわいそうな4歳の子供のように何人もの子供たちが両親によってショービジネスで成功するために極端に追い立てられるっていうのは、残念な事実だわ。
精神(spiritual)と感情(emotional)のバランスを保つことが「絶対」だわ。

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私としては、ジェフパパはきっとルーペママに頭が上がらないように思えるので、ママの教育方針がそのままデヴィッドに反映されているんじゃないかなあ、と勝手に考えているのですが。
ジェフパパは、自分の夢(プロのミュージシャンになること)をおじいちゃんの説得で諦めてるから、子供に託す思いが強く出ても不思議じゃない位置付けにあると思います。実際、どうなんだろう?

◇◆◇◆◇

■ 2003年3月のデヴィッドの日記

2003年3月1~28日
家に戻ったら調子がだいぶん良くなったので、ディーン・ケイリンとアンジー・ミケルソンのボイスレッスンを何度か受けた。二人ともとっても素晴らしい先生なんだ。僕がこれまでよりも高いレベルで歌えるように手助けしてくれて、それがとっても楽しいんだ。いくつか新しい曲にも挑戦したけど、ファイナルの数日前にスター・サーチから歌う曲を尋ねる電話がかかってきた時には、まだ何を歌うか決まっていなかった。だから、数曲を伝えたんだ。
それからの数日間でちょっと気持ちが変わって、でも最終的には”You’re All I Need to Get By”が一番いいだろうって決めた。前回4点しかくれなかったナオミとベンから5点もらえるかどうかが見たかったからね。

ファイナルの数日前にハリウッドに戻って、ファイナルに出演する人たちに会った。モリーと彼女の家族はみんなとってもいい人で、アンジー先生の授業でも仲良く過ごした。彼女は、僕のお姉ちゃんのクラウディアによく似ていて、とってもおしゃべりでいつもテンションが高いんだ。二人が近くにいると、とっても楽しいよ。ファイナルの日は、戦争(※1)のために番組が本当にあるのかどうかがよくわからなかった。でも何はともあれ収録することにしたらしい。

番組では、僕の名前を書いたサインボードを掲げている人がいたのでとっても緊張して、心配になった。だってサインボードを見たら僕はきっと笑っちゃうから。だから、みんなに僕が歌い終わるまでボードを見せないでって頼んだんだ。それからステージに出て歌ったんだけど、歓声が大きくて音楽がよく聞こえなかった。でも自分ではとっても上手くできたと思った。ナオミとベンの得点にはどきどきしたけど、2人ともついに5点をくれたのには「本当に」驚いた。歌い終わってから、モリーが泣いているのをみて、僕も泣き出してしまった。彼女が勝利目前で負けたのがとってもかわいそうで。彼女の家族もとってもいい人たちなのに。
それから収録が中断されて、すごいことが起きた。リアン・ライムスが国歌を歌ったんだ。すごく素晴らしかった。これはとても特別な出来事で、観客席もみんな特別な感情に支配されていた。ナオミが祈りを捧げ、観客が黙祷した。祈りのあと、皆が帰って僕達も外に出た。

大勢の人たちが僕らを待っていてくれた。サインボードを持って僕を応援してくれた人たちの中を歩いた。おじいちゃんとおばあちゃん、それに僕がアブエリータ(※スペイン語でおばあちゃんの意)って呼んでいるもう一人のおばあちゃん、それにマーサとパパの友達が来てくれた。ラウリおばさんも、友達のマリアと彼女の子供達、家族それに友人と一緒に来てくれた。彼らが僕の名前を書いたポスターを作ってくれて、それが番組で写ったんだ。

それからホテルに戻って放送を待ったけど、その日は結局放送されなかった。僕らは番組が見れなくてちょっとがっかりした。翌日はママとクラウディア、ダニエル、それにアブエリータ、マルタと一緒にコダック・シアター周辺の観光に出かけた。ちょうどアカデミー賞の受賞式で、巨大なオスカー像が飾られていて、あちこちにレッドカーペットが敷かれていた。でもたくさんの警官がいて、近づいて見ることはできなかった。次の日、家族のみんなはユタに帰って、僕とパパは残ってユニバーサル・スタジオに行った。土曜日だったけど、とっても楽しかった。僕は、バック・トゥー・ザ・フューチャーとターミネーター2、それにジェラシック・パークが気に入った。アニマル・プラネットのショーもとっても良かった。

家に戻った次の日は、運悪く病気になって歌うことも何もできなかった。僕らは、収録に戻って残りを終わらせるんだろうと思っていたんだけど、スター・サーチは、最後の回には僕らを呼ばないということだった。でも、とりあえずカリフォルニアに行って、いくつか他のことを片付けて、できればスタジオで少しレコーディングしたり、何人かの人に会ったりするつもりだ。

この数ヶ月間に僕がどのように感じたかをまとめると、ずっと病気だったけど、楽しいことも一杯あった。大勢の人が僕にとっても良くしてくれて、僕が歌うのを助けてくれたことには本当に感謝している。スター・サーチに出演できて、たくさんの人が僕が番組で歌うのを気に入ってくれたことは本当に幸せだった。新しいホームページができたのも嬉しい。今後はみんなとオンラインチャットができるようにするつもりなんだ。オンラインチャットについて知りたい人は、僕にメールをください(※2) 。できるかぎり返事をするつもりだし、僕の歌手活動に何か新しいことがあったら必ず知らせるよ。

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(※1) イラク戦争のことです。スター・サーチのファイナルの正確な収録日はわかりませんが、次のいずれかの日に当たったものと思われます。
3月17日 – ブッシュ大統領がイラクに対して、テレビ演説で最後通告。

3月19日 – 米英軍による空爆「イラクの自由作戦」を開始。
3月20日 – クウェート領内から、地上部隊がイラク領内へ侵攻を開始。地上戦が始まる。

(※2) いまメールしても、デヴィッドとチャットはできません(笑)!

■ 2003年1月~2月のデヴィッドの日記

スター・サーチに出演する直前から出演中のデヴィッドの「日記」です。

1月も2月も、それぞれ1月分をまとめて書いている形になっています。だから長い!

2003年1月1日~31日 ※前回の誕生日の日記の続きです

それから2週間ほどは、スター・サーチと新番組のアメリカン・アイドルをTVでみて、本当に興奮して過ごした。それに僕のデモCDをいろんな人に送ったり、万一スター・サーチから連絡があったときのために、新しい曲をいくつか練習したりもした。
スター・サーチの一回目の放送を見て、それから2回目の放送でティファニー・エヴァンズを見た。彼女は本当にすごい歌手だ。スター・サーチを見るのはとっても楽しかった。11月のオーディションで会ったCJジョンソンやリサ・タッカーが出演していたし。リサ・タッカーは確か去年の「Next Big Star」にも出てたのを覚えてるよ。

僕らは、新番組のアメリカン・アイドルにもすごく興奮した。アメリカン・アイドルとスター・サーチの他にも毎週いろんな番組を見た。でも1月の終わり頃に病気になっちゃって、数週間も歌が歌えなかったんだ。

2003年2月1日~28日

ちょうどそんな時にスター・サーチから電話があって、テープを送るように言われたんだ。ところが僕にとって歌うのがとってもしんどい時期だった。だけどテープを送るまでにたった1日しかなかったから、上手く歌えるように一生懸命頑張らなきゃならなかった。”Who’s Loving You” と “God Bless America”の2曲をビデオ撮りしたんだけど、番組側は “God Bless America”が気に入らなかったらしいんだ。それで別の「男の子の曲」のテープを送るようにって言ってきた。だから、 “Who’s Loving You” とマイケル・ジャクソンの “Ben”とビリー・ギルマンの “One Voice” を入れたテープを送った。 彼らがそれを見て、カリフォルニアに来て番組に出演してくれって電話がかかってきた。これには「すっごく」興奮した。

僕とお姉ちゃんとパパでハリウッドに行った。最初に番組を撮るスタジオに行った時に、毎日学校に行かなきゃだめだって言われた。これには始めはがっかりした。でも、アンジー先生に会ったらとってもいい人だった。彼女は僕と他の子供達にも教えるんだって。学校が終わってから番組の最初に流すインタビューを撮った。そこでカルフォルニアから来た女の子、アンナ・マリアに会った。彼女も番組で歌うんだって。彼女の家族はみんないい人で、彼女も素晴らしい歌手だ。

インタビューを撮ってから、お昼ご飯を食べた。それから音楽ディレクターと一緒に曲の練習をした。この人もとってもいい人だった。午後遅くなってからそこを出て、ホテルに戻ってからまた練習をした。夕食はホテルで食べた。そこでホテルで働いている人達に何人か会ったんだけど、中でもユダって男の人が僕とお姉ちゃん、それに家族みんなにとっても良くしてくれたんだ。それからはいつもそこで食べた。TVもあるし、いつも良くしてくれるから。
本番までは、だいたいこんな日が続いた。本番の日も同じことをしたけど、この日はドレス・リハーサルがあった。これは、観客がいないだけで、本番とほとんど同じなんだ。それから番組が始まるまでトレーラの中で待った。出演者はみんなここで待つんだ。いざ本番になると、僕がトップバッターで”Who’s Lovin’ You”を歌った。まだ風邪が少し残っていて、いつもほど上手くは歌えなかったけど、でも審査員と観客の前で歌うことができて、それに番組に参加できてとっても幸せだった。でもアンナ・マリアが負けて悲しんでいるのはかわいそうだった。だれも負けなきゃいいのにって思った。この日は弟のダニエルの9歳の誕生日だったから番組の途中で電話したんだけど、ダニエルは電話に出なかった。誕生日にここに来れなくてダニエルには悪かったけど、ダニエルは、僕達がこっちに来ている間の番組を録画しておいてくれるって約束してくれたんだ。

番組が終わってから、電話インタビューを受けた。そこで、明日の朝のEarly Show に出演して欲しいって言われた。それからホテルに戻って夕飯を食べた。この日はチキン・ファインガーだった。それから番組を見た。自分が写っているのを見るのはちょっと落ち着かなかったけど、みんながTVを見てとっても喜んでるのを見るのは楽しかった。

それから、明日のEarly Showに出るためには朝4時に起きなきゃならないってことがわかったんだ。4:15には迎えの車が来てEarly Showのスタジオに行った。そこでメーキャップしてインタビューを受けた。ダンスの優勝者のジョン・クルーズと一緒にインタビューを受けたんだけど、二人とも質問に数分間答えなきゃならなかった。

それからホテルに戻って数時間ほど寝た。それから学校に行って、昼ごはんを食べた。早めに学校が終わって、ホテルに戻って友達のダイアン・ゴードンを待った。彼女には、僕達がアメリカン・アイドルのファイナルを見るために初めてハリウッドに来た時に会ったんだけど、とっても素晴らしい歌手なんだ。今はもう家族同様で、おばさんのラウリと僕たちのとってもいい友達なんだ。この夜は初めて”Fallin’”を練習した。昼間は全然時間が取れなかったし、僕が最初に歌うはずだった”A Piece of Sky”は歌いたくなかたし。司会のアルセニオが僕をユタの「ソウルマン」って言い続けるものだから、僕らとしてはバーバラ・ストライザンドやセリーヌ・デュオンの曲を歌うよりは、そっちの路線を歌い続けた方がいいだろうと思ったんだ。”Who’s Lovin’ You”を歌うことができたのは嬉しかったなあ。これは僕の大好きな曲の1つだから。

翌日は準決勝だったけど、実は本当に心配だったんだ。相手の2人の女の子のジョリーとビクトリアはとっても上手だから。僕は多分負けるだろうし、ビクトリアが勝つんじゃないかなと思っていた。リハーサルでの彼女は完璧だったし、ジョリーは前日調子が悪そうだったから。ジョリーは素晴らしい歌手なんだから、かわいそうだって思った。本番ではよくなってるといいけどって。

準決勝で、インターネット投票に入る時点で僕らがみんな同点だったときは、とっても緊張した。彼らが戻ってきて、ビクトリアと僕がまだ同点だって知ったときは、何が起きているのか分からなかった。それから、彼らは僕が勝ったって言ったんだ。でも、僕はまだ何がおきたか理解してなかった。後から番組を見て、ビクトリアが僕と握手しようとしていたのに気付かなかったのを知って、悪かったなあと思った。あと、アルセニオが僕を引っ張るまで後ろを向いたままだったっていうのも分かった。僕が勝ったなんて信じられなかったんだ。 それからホテルに戻って、もう一日ここにいてからユタのうちに帰ることにした。

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デヴィッドがまとめて一回で書いたんじゃなくて、最後に誰かがまとめたんでしょうけど、それにしてもまあ、よく書くわね~。

ここでも、いつも自分よりも人のをことを気にかけてるのね~。

ちなみに、↑Early Showでのインタビューに同席してるジョン・クルーズのママの誕生日に、デヴィッドが歌ったHappy Birthdayはこちら。

う~ん、Happy Birthdayさえもしっかりアレンジしてソウルフルに歌っていますね。周囲の大人が大喜びしているのは、まあ、当然ですわね。

※うしろのじいちゃんが、何度も戸を開け閉めしているのが、結構笑える。

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Marshaさんから、デヴィッドはもっとスター・サーチに出演しているぞっ!とのありがたい指摘を頂いておりましたので、この週末を利用して歴史探索の旅に出て、事実を探ってまいりました。

はっきりいって、CBSのStar Searchのサイトはひどい!まったく年月が記載されていないし、書いてあっても矛盾だらけ。さらに言えば、この番組、内容がコロコロかわる。どうもその場しのぎで視聴率の取れる方向に随時変更したんじゃないのか?デヴィッドも怒ってるぞ!

では、デヴィッドのスター・サーチ時代のパフォ一覧です。
※上記の理由から、今ひとつ年月がはっきりしないんですが、順番だけは正しいです。

★2003年 スター・サーチ 「シーズン2」 優勝

○  Preliminary: “Who’s Lovin’ You?”

○ Semifinal: “Fallin”

○ Final: “You’re all I Need to Get By.”

★ 2004年(?) スター・サーチ 「チャンピオン大会」 敗北
※シーズン1~3のチャンピオンによる争い
● チャンピオン大会 ”I Surrender “

★ 2004/1~2 スター・サーチ 「シーズン4」
※決勝進出およびウイナーズ・サークル残留をかけた戦い
(↑としか言いようがないのよ~)

<ルール(のようなもの)>
まず挑戦者2名が争い、勝った方と過去のシーズンのチャンピオンが戦う。挑戦者は対戦相手となる過去のシーズンのチャンピオンを選択することができる。
過去のシーズンのチャンピオンは、挑戦者を破ることでウイナーズ・サークルに残留し、最後まで残留できたチャンピオン達(またはチャンピオンを破った挑戦者達)がファイナルで優勝をかけて戦う。

○ 2004/01/31 “A House is Not a Home”  勝利

○ 2004/02/07 “Climb Every Mountain” 勝利

● 2004/02/14 David Archuleta, “Ain’t No Sunshine”  敗北

○ 2004/02/21 “Get Here” 勝利

※この時の相手が、あのAlexandreaちゃんです。
彼女のパフォは “My Funny Valentine”

● 2004/02/28 “Wind Beneath My Wings”  敗北

※これにてデヴィッドがウイナーズ・サークルから脱落し、デヴィッドのスター・サーチは終了! はっきりいって「よかったね、デヴィッド」って感じ。もう十分。

<おまけ>
スター・サーチへの出場が決まる直前の、デヴィッドの2002年12月28日のブログをご紹介。

※この頃はブログとは言わないんだけど、デヴィッドがホーム・ページに掲載した彼の日記兼ファンへのメッセージのようなもの。

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2002年12月28日
ここ数ヶ月間に起きたことについて、話しておこうと思って。
今日は僕の誕生日!!今日から12歳だ。ここ2ヶ月くらいはとっても楽しかった。今日も素晴らしい一日だった。ママがサプライズパーティを開いてくれて、友達が大勢来てくれたんだ。ピザとケーキを食べたよ。今朝はパパと一緒におじいちゃん、おばあちゃんの家に行ったんだけど、きっとそのとき(パーティの)準備をしたんだと思う。僕は、きっと何かあるとは思ってたんだけど、それでもやっぱりびっくりした。あんなに大勢の人がくるとは思ってなかったからね。

先月は、スター・サーチのオーディションを受けにカリフォルニアに行ったんだよ。まだ連絡がないところを見ると、多分ダメだったんじゃないかと思うけど。でも本当に才能のある子たちに会えて面白かった。友達のLil Maxsoにも会ったんだけど、彼はスター・サーチに出るにはまだ小さすぎるんだって。

2 日間休みをとって、サンクス・ギビングにはマジック・マウンテンに行ったんだ。デジャ・ヴやゴリアテなんかのローラーコースターに乗って、本当に面白かった。それからIrvineに行って、僕のデモCDのレコーディングをしたんだ。レコーディングしたのは「God Bless America」、「And I Am Telling You I’m not Going」、「Fallin」、それに「A Moment Like This」。即興で歌うことを少し勉強しなきゃならなかったんだ。でも、難しかったけど面白かったよ。パパはジャズなんかが好きだから、僕に、ただ、オリジナルの歌手の通りに歌うんじゃなくて、僕だけの「リックス(音楽の挿入楽節)」の作り方を勉強して欲しかったみたい。スタジオで歌うのも面白かった。ライブで歌うのとスタジオで歌うのがどんなに違うのかがよくわかった。

スタジオはトニーので、彼は僕らのエンジニアでもあり友達でもある。僕らは彼のことを「エリックおじさん」って呼んでるんだけど、僕とお姉ちゃんのクラウディアに「スノージャック」をくれたんだ。これはスノーボードとスクーターの中間みたいなもので、彼が発明したんだ。とってもかっこいいんだよ。早く乗ってみたいんだ!彼はとってもクールで僕らにスタジオを使わせてくれるんだ。他にも友達のDiane Gordonがきてアイデアを出してくれたり、「Fallin’」のバックコーラスをしてくれたりした。彼女は素晴らしいよ!彼女はクリステーナ・アギレラやジェシカ・シンプソンのツアーに参加したことがあるし、セリーヌ・デュオンのTVスペシャルや他にも本当に素晴らしいショーやプログラムにいくつも出演してるんだ。彼女は僕が今まで聞いた中でも最も優れた歌手の一人だよ!」

デヴィッド・アーチュレッタは、アメリカン・アイドル(シーズン7)のオーディションに現れて以降、実に20曲をこえるパフォーマンスで私達を魅了しました。
では、ここに至るまでの彼は、どのようにして音楽と出会い、付き合ってきたのでしょうか。

まずは、「スターサーチ」に参加するまでの、彼の簡単な経歴をおさらいします。

※以下は、デヴィッド・アーチュレッタがスター・サーチのシーズン2で優勝した頃の彼の公式ホームページ”davidarchuleta.net”に紹介されていた、デヴィッドの経歴です。

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portrate

デヴィッド・アーチュレッタは、音楽に囲まれた家族から生まれた。父のJeffはジャズ・トランペット奏者、母のLupeは英語とスペイン語の両方でポップ・ミュージックを歌う歌手である。

デヴィッドが歌を始めたのは、6歳の時である。父親のJeffが買ってきた「レ・ミゼラブル」の10周年記念ビデオを見て、翌日にはその中のいくつもの曲を、曲中のコックニー訛りまでもそのままに暗記して歌ってみせた。他にも、ミュージカル「エビータ」の曲や、ユタ州の遊園地ラグーンに流れていたナタリー・コールの「Pink Cadillac」などを楽しそうに歌っていた。

この頃のデヴィッドは、歌うのは大好きだったが、人前で歌うことは苦手だった。みんなが自分の歌を本当に聴きたいなんて信じられなかったのである。

デヴィッドは、10歳の時にユタ州のタレント・コンペ(Utah Talent Competition)に参加したのだが、この時も彼は人前で歌うことをすごく嫌がっていて、しかも極度に緊張していた。そして彼はステージに上がり、「I Will Always Love You」を歌って観客のスタンディング・オベーションを受ける。結果的に子供部門で優勝し、みんな自分の歌を聞くのが本当に好きなんだ、ということを初めて認識した。

その数ヵ月後に、テレビでアメリカン・アイドル(シーズン1)の放送が開始された。デヴィッドはこの番組が大好きで、何度もパフォーマンスを見直し、数十曲を覚えた。この中に「And I am Telling You, I’m Not Going」があり、デヴィッドはこれを歌うのが最も好きだった。

アメリカン・アイドル(シーズン1)が終わりに近づいた頃、デヴィッドの家族の友人がJenny Jonesショー(http://www.jennyjones.com/)でアメリカ中の才能ある子供達を特集するらしいから、デヴィッドもそのオーディションを受けたら、と電話してきた。
ショーのプロデューサが電話をかけてきて、デヴィッドがアカペラで歌う「And I Am Telling You」に非常に感銘を受け、急いでビデオとCDを送るように言った。それから数日後、デヴィッドはショーに出演するために父親と共にシカゴ行きの機中にいた。

Jenny Jonesショーで、彼はアメリカン・アイドル(シーズン1)に出演していたA.J.ギルに出会い、友達になった。その1週間後、デヴィッドはロスアンジェルスで再びAJに会い、AJがシーズン1のファイナリスト達(ケリー、ジャスティン、タマイラ、クリスティーナ、ニッキー、RJ、ジム、ライアン、イージョイ)にデヴィッドを紹介し、ファイナリスト達の前で何かパフォーマンスを披露するように言った。

more about “DA – AI season 1“, posted with vodpod

ファイナリスト達はデヴィッドの歌に非常に驚き、その数日後には、デヴィッドは多くのTV局やレコード会社のプロデューサやエクゼキュティブに紹介された。

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この後、すぐにデヴィッドはスター・サーチに出演し、優勝します。そして、レコード会社とまさに契約をしてCDをリリースしようとしていた頃、声帯麻痺が起き、彼のデビューをちょっとだけ、2008年まで、遅らせてしまいます。

でも、きっとそれで良かったんでしょうね。その時デビューしていたら、今のデヴィッドを私たちが知ることはなかったかもしれませんもん。

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